宋名臣言行録 / 前集巻六・吕夷簡
大内災宮室略盡比曉朝者盡至日晏宫門不發不得聞上起居兩府請入對不報乆之追班上御拱宸門樓有司贊謁百官盡拜樓下公獨立不動上使人問其意對曰宫廷有變羣臣願一望天顔上為舉簾俯檻見之乃拜
新字:大内災宮室略尽比暁朝者尽至日晏宮門不発不得聞上起居両府請入対不報久之追班上御拱宸門楼有司賛謁百官尽拝楼下公独立不動上使人問其意対曰宮廷有変羣臣願一望天顔上為舉簾俯檻見之乃拝
書き下し
大内災あり。宮室略ぼ盡く。曉に比び、朝する者盡く至る。日晏くして宫門發かず。上の起居を聞くを得ず。兩府、入對を請うも報ぜられず。乆しくして班を追う。上、拱宸門樓に御す。有司贊謁す。百官盡く樓下に拜す。公獨り立ちて動かず。上、人をして其の意を問わしむ。對えて曰く、宫廷に變有り。羣臣、願わくは一たび天顔を望まんと。上、為に簾を舉げ檻に俯して之に見ゆ。乃ち拜す。
現代語訳
宮中が火事になった。宮室はほぼ焼け尽くした。夜明けごろになって、朝廷に出る者はみな集まった。日が高くなっても宮門が開かなかった。帝の安否を聞くことができなかった。二府が拝謁を願い出たが返答がなかった。長いことして、列を整えるよう命じられた。帝は拱宸門の楼に出御した。担当の役人が拝礼の合図をした。百官はみな楼の下で拝礼した。公だけが立ったまま動かなかった。帝は人をやってその意を尋ねさせた。答えて言った。「宮中に異変がありました。群臣は、一度お顔を拝したいと願っております」。帝はそのために簾を上げ、欄干から身を乗り出して顔を見せた。そこで拝礼した。
解説
火事の翌朝、帝が楼の上に姿を見せた——ということになっている場面です。百官は合図どおりに拝礼しました。公だけが立ったまま動かなかった。理由がこれです。宮中に異変がありました。群臣は、一度お顔を拝したいと願っております。簾の向こうに本当に帝がいるのかを、確かめさせている。帝は簾を上げて欄干から顔を見せ、そこではじめて拝礼しました。儀式を、確認の手続きとして使った条です。
この章句が説くこと
百官尽く楼下に拝す公独り立ちて動かず宮廷に変有り羣臣願わくは一たび天顔を望まん宫廷に変有り羣臣願わくは一たび天顔を望まん上為に簾を舉げ檻に俯して之に見ゆ乃ち拝す確認儀式
関連する章句
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易経・需卦郊に需つとは、難を犯して行かざるなり。恒を用うるに利ろし、咎无しとは、未だ常を失わざるなり。沙に需つとは、衍かにして中に在るなり。小しく言有りと雖も、以て吉に終わるなり。泥に需つとは、災い外に在るなり。我より寇を致す、敬慎すれば敗れざるなり。血に需つとは、順にして以て聴くなり。酒食に貞にして吉とは、中正なるを以てなり。速かざるの客来たる、之を敬すれば終には吉。位に当たらずと雖も、未だ大いに失わざるなり。
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『晏子春秋』諫上・景公欲祠靈山河伯以禱雨晏子諫斉大いに旱し、時を逾ゆ。景公群臣を召して問いて曰く、「天雨ふらざること久し、民は且に饑色有らんとす。我人をして卜せしむるに、雲祟は高山広水に在りと。寡人少しく賦斂を以て霊山を祠らんと欲す、可なるか」と。群臣対うること莫し。晏子進みて曰く、「不可なり。此れを祠るも益無し。夫れ霊山は固より石を以て身と為し、草木を以て髪と為す。天久しく雨ふらざれば、髪は将に焦げんとし、身は将に熱せんとす。彼れ独り雨ふるを欲せざらんや。之を祠りて何の益あらん」と。公曰く、「然らず。吾河伯を祠らんと欲す、可なるか」と。晏子曰く、「不可なり。河伯は水を以て国と為し、魚鱉を以て民と為す。天久しく雨ふらざれば、水泉は将に下らんとし、百川は将に竭きんとし、国は将に亡びんとし、民は将に滅びんとす。彼れ独り雨ふるを欲せざらんや。之を祠りて何の益あらん」と。景公曰く、「今之を為すこと奈何」と。晏子曰く、「君誠に宮殿を避けて暴露し、霊山河伯と共に憂えば、其れ幸いにして雨ふらんか」と。是に於いて景公野に出でて暴露すること、三日、大いに果たして大いに雨ふり、民は尽く種うる時を得たり。景公曰く、「善いかな、晏子の言、用うる無かる可けんや。其れ維れ徳有り」と。
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『新論』國體上夫れ英雄の天下を鼓舞するや、唯民の動かざるを恐れ、庸人の一時を糊塗するや、唯民の或は動くを恐る。故に務めて昇平を粉飾し、虜をして眼前に陸梁せしむるも、猶ほ称して漁商と為し、上下相蒙蔽して、適に以て寇を玩び禍を畜ふるに足る。而して高拱端睨し、糊塗して自ら智とし、将に相率ゐて自ら不測の淵に趣かんとす。亦憫むべきなり。苟くも稍心性智識を存する者は、誰か声を呑みて窃かに之を嘆ぜざらんや。今幕府断然として天下に明令し、虜を見れば必ず之を摧かしめ、公然として天下と之を同仇す。而して令布くこと一日、天下智愚と無く、臂を攘ひて令に趨かんと欲せざるは莫し。天下人心の磨滅すべからざること此くの如し。夫れ方今天下に封建の勢有る者は、固より太祖の治を制する所以なり。東照宮の忠孝を以て基を立つる者は、天祖の彝訓を垂るる所以なり。苟くも能く人心の磨滅すべからざる者に因りて、之が規制を立て、神聖の天下を経綸する所以の意に原づき、土地を経し人民を制し、君臣の義を正し、父子の親を敦くし、天下を範囲して、以て一身と為さば、豈甚だ為し難からんや。此れ乃ち千載の一時、必ず失ふべからざるの機なり。臣是を以て弊の宜しく革むべき者を審かにせんと欲して、時勢の変に眷眷たらざるを得ざるなり。
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