宋名臣言行録 / 前集巻六・吕夷簡
章獻既沒或疑章懿之喪仁皇遣李用和發其葬視之容貎如生使者馳入奏仁皇于章獻神前焚香泣吿曰自今大孃孃平生分明矣
新字:章献既没或疑章懿之喪仁皇遣李用和発其葬視之容貎如生使者馳入奏仁皇于章献神前焚香泣吿曰自今大嬢嬢平生分明矣
書き下し
章獻既に沒す。或ひと章懿の喪を疑う。仁皇、李用和を遣わして其の葬を發きて之を視しむ。容貎生けるが如し。使者馳せ入りて奏す。仁皇、章獻の神前に於て香を焚き泣きて告げて曰く、今より大孃孃の平生分明なりと。
現代語訳
章献太后が亡くなった。ある者が章懿の葬儀に疑いを持った。仁宗は李用和をやってその墓を開いて見させた。顔かたちは生きているようであった。使者は馬を駆って参内して奏上した。仁宗は章献の霊前で香を焚き、泣いて告げた。「これからは、大母さまの生涯は明らかです」。
解説
前の条の続きです。疑いを持った者があって、墓を開かせました。**顔かたちは生きているようであった。**仁宗は章献の霊前で香を焚き、泣いて告げます。**これからは、大母さまの生涯は明らかです。**疑いが晴れた、という言葉です。呂夷簡が念を押させた水銀が、年月をへてここで効いています。証拠は、疑いが起きる前に用意されていなければ間に合わない。
この章句が説くこと
或ひと章懿の喪を疑う李用和を遣わして其の葬を発きて之を視しむ容貎生けるが如し今より大嬢嬢の平生分明なり疑い証拠名誉
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