宋名臣言行録 / 前集巻六・吕夷簡
河北自五代末即筭田鎛公嘆曰王道本於農此何名哉因表除之朝廷推其法他路自是農器無征
書き下し
河北、五代の末より即ち田鎛を筭す。公歎じて曰く、王道は農に本づく。此れ何の名ぞやと。因りて表して之を除く。朝廷、其の法を推す。他路、是れより農器に征無し。
現代語訳
河北では五代の末から、農具に課税していた。公は嘆じて言った。「王の道は農を本とする。これは何という名目の税か」。そこで上表してそれを廃止した。朝廷はその法を他にも及ぼした。他の路でも、これ以後は農具に税が無くなった。
解説
三十九字の条です。五代の末から続いていた農具への課税を、一言で否定しました。**王の道は農を本とする。これは何という名目の税か。**税率の高い安いではなく、名目そのものを問うています。本とすると言いながら、その道具から取っている。上表して廃止させ、朝廷はそれを他の路にも及ぼしました。次の条で、この一件が人物評の根拠になります。
この章句が説くこと
王道は農に本づく此れ何の名ぞや河北五代の末より即ち田鎛を筭す他路是れより農器に征無し税名目根本
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