宋名臣言行録 / 前集巻八・王堯臣
自朝廷理元昊罪軍興而用益廣前爲三司使者皆加厚賦暴歛甚者借内藏率富人出錢下至菜果皆加税而用不足公始受命則曰今國與民皆弊矣在陛下任臣者如何由是天子一聽公所爲公乃推見財利出入盈縮曰此本也彼末也計其緩急先後而去其蠧弊之有根宂者斥其妄計小利之害大體者然後一爲條目使就法度罷副使判官不可用者十五人更薦用才且賢者期年民不加賦而用足明年以其餘償内藏所借百萬又明年其餘而積於有司者數千萬所在流庸稍復其業
新字:自朝廷理元昊罪軍興而用益広前為三司使者皆加厚賦暴歛甚者借内蔵率富人出銭下至菜果皆加税而用不足公始受命則曰今国与民皆弊矣在陛下任臣者如何由是天子一聴公所為公乃推見財利出入盈縮曰此本也彼末也計其緩急先後而去其蠹弊之有根宂者斥其妄計小利之害大体者然後一為条目使就法度罷副使判官不可用者十五人更薦用才且賢者期年民不加賦而用足明年以其余償内蔵所借百万又明年其余而積於有司者数千万所在流庸稍復其業
書き下し
朝廷の元昊の罪を理むるより、軍興りて用益々廣し。前に三司使爲る者、皆な厚賦・暴歛を加う。甚だしき者は内藏を借り、富人に率いて錢を出ださしむ。下は菜果に至るまで、皆な税を加う。而して用足らず。公、始めて命を受くるや則ち曰く、今、國と民と皆な弊る。陛下、臣に任ずるは如何に在るやと。是に由りて天子、一に公の爲す所を聽す。公乃ち財利の出入・盈縮を推し見て曰く、此れ本なり、彼れ末なりと。其の緩急・先後を計りて、其の蠧弊の根宂有る者を去り、其の妄りに小利を計りて大體を害する者を斥く。然る後に一に條目を爲りて法度に就かしむ。副使・判官の用う可からざる者十五人を罷め、更めて才にして且つ賢なる者を薦用す。期年、民、賦を加えずして用足る。明年、其の餘を以て内藏の借る所百萬を償う。又た明年、其の餘にして有司に積む者數千萬。所在の流庸、稍や其の業に復す。
現代語訳
朝廷が趙元昊の罪を問うてから、軍が動いて費えがますます広がった。以前に三司使であった者は、みな重い賦課と苛酷な取り立てを加えた。ひどい者は内蔵から借り、富民から率先して銭を出させた。下は野菜や果物に至るまで、みな税を加えた。それでも費えは足りなかった。公は命を受けてすぐ言った。「いま国も民もどちらも疲れています。陛下が臣に任じられるのは、どういうお考えでしょうか」。これによって天子は、公のすることをすべて許した。公はそこで財と利の出入りと増減を推し量って見て言った。「これが本で、あれが末だ」。その緩急と先後を計って、弊害の根が深く居座っているものを除き、みだりに小さな利を計って大きな体を損なうものを退けた。そのうえで一つに条項を作って法度に沿わせた。副使・判官で用いるに堪えない者十五人を罷め、あらためて才があり賢い者を推薦して用いた。一年で、民に賦課を加えずに費えが足りた。翌年、その余りで内蔵から借りた百万を返した。さらに翌年、その余りで役所に積み上がったものが数千万。各地の流れ出た民は、しだいにその生業に戻った。
解説
この章句が説くこと
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司馬法・嚴位凡そ大善は本を用い、其の次は末を用う。略を執り微を守り、本末は唯(た)だ権(はか)るのみ、戦なり。
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説苑・說叢其の身を脩めずして之を人に求む、是を失倫と謂う。其の內を治めずして、其の外を脩む、是を大廢と謂う。重く載せて之を危くし、策を操りて之に隨う、全うする所以に非ざるなり。
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説苑・指武內治未だ得ざれば、以て外を正すべからず、本惠未だ襲わざれば、以て末を制すべからず、是を以て春秋京師を先にして諸夏を後にし、諸華を先にして夷狄を後にす。周の惠王に及び、亂世に遭うを以て、先王の體を繼ぎて、強楚王を稱し、諸侯背叛す、先王の命を申べて、天下を一統せんと欲す。京師を廣養し、以て諸夏に及ぼし、諸夏以て夷狄に及ぼすを先にせず、內治未だ得ずして、忿れば則ち力を料らず、得失を權らず、兵を興して強楚を征す、師大いに敗れ、撙辱行われず、大いに天下の笑いと為る。幸いに齊の桓公に逢いて以て安尊を得たり、故に內治未だ得ざれば以て外を正すべからず、本惠未だ襲わざれば以て末を制すべからず。
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呂氏春秋・上農①古、先聖王の其の民を導く所以の者は、先づ農を務む。民の農たるは徒に地の利の為のみに非ざるなり。其の志を貴ぶなり。民農たれば則ち樸たり。樸たれば則ち用い易し。用い易ければ則ち邊境安く、主位尊し。民農たれば則ち重し。重ければ則ち私義少なし。私義少なければ、則ち公法立ち、力專一なり。民農たれば則ち其の產復す。其の產復せば則ち徙ることを重り、徙ることを重れば則ち處に死して二慮無し。民、本を舎てて末を事とすれば則ち令せられず。令せられざれば則ち以て守る可からず、以て戰う可からず。民、本を舎てて末を事とすれば則ち其の產約す。其の產約すれば則ち輕々しく遷徙す。輕々しく遷徙すれば則ち國家患い有り。皆遠志有れば、居心有る無し。民、本を舎てて末を事とすれば則ち智を好む。智を好めば則ち詐り多く、詐り多ければ則ち法令に巧みにして、是を以て非と為し、非を以て是と為す。
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呂氏春秋・審爲①身は為す所なり。天下は為す所以なり。為す所以を審らかにすれば、而ち輕重得。今人此に有り、首を斷ちて以て冠を易え、身を殺ぎて以て衣を易うれば、世必ず之を惑いとせん。是れ何ぞや。冠は首を飾る所以なり。衣は身を飾る所以なり。飾る所を殺ぎて、飾る所以を要むるは、則ち為す所を知らず。世の利に走るは、此に似たる有り。身を危うくし生を傷い、頸を刈り頭を斷て以て利に徇ずるは、則ち亦た為す所を知らざるなり。
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『塩鉄論』本議篇大夫曰く、古の國家を立つる者は、本末の途を開き、有無の用を通じ、市朝もて以て其の求を一にし、士民を致し、萬貨を聚む。農・商・工・師各々欲する所を得て、交易して退く。易に曰く、其の變を通じて、民をして倦まざらしむ、と。故に工出でざれば、則ち農用乏し。商出でざれば、則ち寶貨絕ゆ。農用乏しければ、則ち穀殖えず。寶貨絕ゆれば、則ち財用匱し。故に鹽・鐵・均輸は、委財を通じて緩急を調うる所以なり。之を罷むるは、便ならざるなり、と。