宋名臣言行録 / 前集巻五・蔡齊
契丹祭天于幽州以兵屯界上界上驚騷議者欲發大軍以備邉公獨料其必不動後卒無事公在大位臨事不回無所牽畏而恭謹謙退未嘗自伐天下推之為正人搢紳之士倚以為朝廷重
新字:契丹祭天于幽州以兵屯界上界上驚騷議者欲発大軍以備邉公独料其必不動後卒無事公在大位臨事不回無所牽畏而恭謹謙退未嘗自伐天下推之為正人搢紳之士倚以為朝廷重
書き下し
契丹、天を幽州に祭る。兵を以て界上に屯す。界上驚騷す。議する者、大軍を發して以て邉を備えんと欲す。公獨り其の必ず動かざるを料る。後、卒に事無し。公、大位に在り、事に臨みて回らず。牽畏する所無し。而して恭謹謙退にして未だ嘗て自ら伐らず。天下之を推して正人と為す。搢紳の士、倚りて以て朝廷の重しと為す。
現代語訳
契丹が幽州で天を祭った。兵を国境に駐屯させた。国境は驚き騒いだ。議論する者は、大軍を出して辺境を備えようとした。公だけが、彼らは必ず動かないと見積もった。後に、けっきょく何事も無かった。公は高い位にあって、事に臨んで退かなかった。引きずられたり臆したりするところが無かった。それでいて恭しく慎み深く、へりくだって、自分の功を誇ることがなかった。天下はこの人を正しい人と推した。官人たちは、この人を頼みにして朝廷の重しとした。
解説
国境に敵の兵が並んだとき、一人だけ「動かない」と見積もった条です。議論する者は大軍を出そうとした。公だけが、彼らは必ず動かないと見積もった。そして何事も無かった。当たった予測ほど、当たったことが見えにくい——大軍を出していれば「備えたから来なかった」と言えたはずです。締めの評も、そこと通じています。恭しく慎み深く、自分の功を誇ることがなかった。
この章句が説くこと
議する者大軍を発して以て邉を備えんと欲す公独り其の必ず動かざるを料る後卒に事無し恭謹謙退にして未だ嘗て自ら伐らず判断静観功名
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