宋名臣言行録 / 前集巻五・薛奎
拜參政入謝上曰先帝嘗言卿可用吾今用卿矣公益感激自勵而素剛毅守節不茍合既與政尤挺立無所牽隨然遂欲繩天下無細大一入于規矩往往不可其意則歸卧于家歎息憂愧輒不食家人笑其何必若此公曰吾慚不及古人而懼後世譏我也
新字:拝参政入謝上曰先帝嘗言卿可用吾今用卿矣公益感激自勵而素剛毅守節不茍合既与政尤挺立無所牽随然遂欲縄天下無細大一入于規矩往往不可其意則帰卧于家嘆息憂愧輒不食家人笑其何必若此公曰吾慚不及古人而懼後世譏我也
書き下し
參政を拜す。入謝す。上曰く、先帝嘗て言う、卿は用う可しと。吾れ今、卿を用うと。公益々感激して自ら勵む。而して素より剛毅、節を守りて茍合せず。既に政に與りて尤も挺立し、牽隨する所無し。然れども遂に天下を繩し、細大と無く一に規矩に入らんと欲す。往往にして其の意に可ならざれば、則ち歸りて家に卧し、歎息憂愧して輒ち食らわず。家人、其の何ぞ必ずしも此くの若くするかを笑う。公曰く、吾れ古人に及ばざるを慙じ、而して後世の我を譏るを懼るるなりと。
現代語訳
参知政事に任じられた。参内して礼を述べた。帝は言った。「先帝がかつて、卿は用いるべきだと言われた。私はいま卿を用いる」。公はますます感激して自ら励んだ。そしてもともと剛毅で、節を守っていいかげんに人と合わせなかった。政に与ってからはとりわけ独り立って、引きずられるところがなかった。ところが天下を墨縄で正して、大小を問わずすべて規矩に収めようとした。しばしば思うようにならないと、家に帰って寝込み、嘆息し憂え恥じて、食事もしなかった。家の者は、どうしてそこまでするのかと笑った。公は言った。「私は古人に及ばないことを恥じ、そして後世が私を謗るのを恐れるのだ」。
解説
思うようにならないと家で寝込んで食べなくなった、という条です。家族に笑われました。その答えが二つの向きを持っています。**私は古人に及ばないことを恥じ、そして後世が私を謗るのを恐れる。**過去と未来です。同時代の評判は入っていません。上手くいかないことを気に病む理由が、いま周りにどう見られるかではなかった、という記録です。
この章句が説くこと
天下を縄し細大と無く一に規矩に入らんと欲す帰りて家に卧し嘆息憂愧して輒ち食らわず吾れ古人に及ばざるを慙じ而して後世の我を譏るを懼るるなり責任基準後世
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