宋名臣言行録 / 前集巻四・冦凖
天禧末真宗寢疾章獻太后漸預朝政上意不能平公探此意遂欲廢章獻立仁宗尊真廟為太上皇而誅丁謂曹利用等于是引李迪楊億曹瑋盛度李遵朂等協力處畫已定凡誥命盡使億為之且將舉事㑹公因醉漏言有人馳報謂謂夜乘犢車往利用家謀之明日利用入盡以公所謀白太皇遂矯詔罷公政事及真宗上仙遂指公為反而投海上其事有類上官儀者天下寃之億臨死取當時所為詔誥及始末事迹付遵朂收之章獻上仙遵朂乃抱億所留書進呈仁宗及叙陳本末仁宗盡見當日曲直感嘆再三遂下詔湔滌其寃贈中書令謚曰忠愍
新字:天禧末真宗寝疾章献太后漸預朝政上意不能平公探此意遂欲廃章献立仁宗尊真廟為太上皇而誅丁謂曹利用等于是引李迪楊億曹瑋盛度李遵朂等協力処画已定凡誥命尽使億為之且将舉事会公因酔漏言有人馳報謂謂夜乗犢車往利用家謀之明日利用入尽以公所謀白太皇遂矯詔罷公政事及真宗上仙遂指公為反而投海上其事有類上官儀者天下冤之億臨死取当時所為詔誥及始末事迹付遵朂収之章献上仙遵朂乃抱億所留書進呈仁宗及叙陳本末仁宗尽見当日曲直感嘆再三遂下詔湔滌其冤贈中書令謚曰忠愍
書き下し
天禧の末、真宗、疾に寢す。章獻太后、漸く朝政に預る。上の意、平らかなる能わず。公、此の意を探り、遂に章獻を廢して仁宗を立て、真廟を尊びて太上皇と為し、而して丁謂・曹利用等を誅せんと欲す。是に於て李迪・楊億・曹瑋・盛度・李遵朂等を引きて協力して處畫す。已に定まる。凡そ誥命は盡く億をして之を為さしむ。且に事を舉げんとす。㑹々公、醉いに因りて言を漏らす。人の馳せて謂に報ずる有り。謂、夜、犢車に乘りて利用の家に往きて之を謀る。明日、利用入りて盡く公の謀る所を以て太皇に白す。遂に詔を矯めて公の政事を罷む。真宗の上仙するに及び、遂に公を指して反と為して海上に投ず。其の事、上官儀に類する者有り。天下之を寃とす。億、死に臨み、當時為る所の詔誥及び始末の事迹を取りて遵朂に付して之を收めしむ。章獻上仙し、遵朂乃ち億の留むる所の書を抱きて仁宗に進呈す。及び本末を叙陳す。仁宗、盡く當日の曲直を見て感嘆再三す。遂に詔を下して其の寃を湔滌し、中書令を贈り、謚して忠愍と曰う。
現代語訳
天禧の末、真宗が病の床についた。章献太后がしだいに朝政に関わった。帝の心中は穏やかでなかった。公はその意を汲み取り、そこで章献を廃して仁宗を立て、真宗を尊んで太上皇とし、そのうえで丁謂・曹利用らを誅そうとした。そこで李迪・楊億・曹瑋・盛度・李遵勗らを引き入れて協力して段取りを整えた。もう決まった。詔勅の類はすべて楊億に書かせた。いよいよ事を起こそうとした。ちょうどそのとき、公が酔って口を滑らせた。それを馬で丁謂に知らせた者があった。丁謂は夜、小さな車に乗って曹利用の家へ行って謀った。翌日、曹利用が参内して、公の謀ったことをすべて太后に申し上げた。そこで詔を偽って公の政事を罷めさせた。真宗が崩じると、そのまま公を謀反だと指して海辺の地へ流した。その事は唐の上官儀に似たところがあった。天下はこれを冤罪とした。楊億は死に臨んで、当時作った詔勅と一部始終の記録を取り出して李遵勗に渡して保管させた。章献太后が崩じ、李遵勗はそこで楊億が残した書を抱いて仁宗に差し出した。あわせて事の始めから終わりまでを述べた。仁宗はその日の是非をすべて知って、幾度も感嘆した。そこで詔を下してその冤を雪ぎ、中書令を贈り、忠愍と諡した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『宋名臣言行録』前集巻四・冦凖公、樞使と為り、利用副たり。公、其の武人なるを以て之を輕んず。事を議して合わざる者有れば、輙ち曰く、君は一夫のみ。豈に此の國家の大體を解せんやと。利用、是に由りて之を銜む。真宗將に劉氏を立てんとす。公及び王旦・向敏中、皆な諌議して、出づること側㣲に于いてすれば不可と為す。劉氏の宗人、蜀に横にして民の鹽井を奪う。上、后の故を以て之を捨てんと欲す。公固く法を行わんことを請う。時に上已に豫まず、記覽する能わず。政事、多く宫中の決する所なり。丁、曹・冦の平らかならざるを知り、遂に利用と合謀して公の政事を罷めんことを請い、太子太傅に除す。上、初め知らず。歳餘、忽ち左右に問う、吾が目中に乆しく冦凖を見ざるは何ぞやと。左右も亦た敢えて言わず。上崩じ、太后稱制す。公、再び雷州に貶せらる。
-
『宋名臣言行録』前集巻四・楊億公、學士たる時、契丹に答うる書を草して云う、鄰壤交歡すと。草を進むること既に入る。真宗、自ら其の側に注して云う、朽壤・鼠壤・糞壤と。大年、遽かに改めて鄰境と為す。明旦、唐の故事を引く、學士の作る文書、改むる所有るは不稱職と為す、當に罷むべしと。因りて亟かに解職を求む。真宗、宰相に語りて曰く、楊億は商量に通ぜず。真に氣性有りと。
-
『宋名臣言行録』前集巻五・魯宗道仁宗、東宫に在り。公、諭徳と為る。其の居に酒肆の側に在る有り。仁和酒と號し、京師に名有り。公、往往にして服を易えて㣲行し、其の中に飲む。一日、真宗急に公を召す。將に問う所有らんとす。使者、門に及ぶも公在らず。時を移して乃ち仁和肆の中より飲みて歸る。中使遽かに先ず入りて白す。乃ち公と約して曰く、上、若し公の来たるの遲きを怪しまば、當に何事に託して以て對うべき。幸わくは先ず教を見よ。異同ならざるを兾うと。公曰く、但だ實を以て告げよと。曰く、然らば則ち當に罪を得べしと。公曰く、酒を飲むは人の常情なり。君を欺くは臣子の大罪なりと。中使嗟歎して去る。真宗果たして問う。使者、具さに公の對うるが如くす。真宗、何の故に私かに酒家に入るかを問う。公謝して曰く、臣が家貧しく器皿無し。酒肆は百物具備し、賔至れば歸るが如し。適ま鄉里の親客の逺きより来たる有り。遂に之と飲む。然れども臣既に服を易う。市人も亦た臣を識る者無しと。真宗笑いて曰く、卿は宫臣為り。恐らくは御史の彈ずる所と為らんと。然れども此れより公を竒として以て忠實にして大いに用う可しと為す。晚年、毎に章獻の為に、羣臣の大いに用う可き者數人を言う。公は其の一なり。後、章獻皆な之を用う。
-
『宋名臣言行録』前集巻四・楊億公、文章を以て天下に擅なり。然れども剛勁にして合うこと寡なし。之を惡む者有り、事を以て之を譛る。大年、學士院に在り。忽ち夜、召されて一小閤に見ゆ。深く禁中に在り。既に見ゆ。茶を賜い、從容として顧問すること之を乆しくす。文稿數篋を出だして以て大年に示して云う、卿、朕の書蹟を識るかと。皆な朕、自ら起草す。未だ嘗て臣下に命じて代作せしめざるなりと。大年惶恐して對うる所を知らず。䪺首再拜して出づ。乃ち必ず人の譛る所と為るを知れり。
-
『宋名臣言行録』前集巻五・李迪真宗豫まず。冦凖罪を得たり。丁謂・李迪、同に相と為る。其の事を以て進呈す。上、凖を除して小處の知州とせんことを命ず。謂、退きて其の紙尾に署して曰く、聖㫖を奉じて逺小處の知州に除すと。迪曰く、曏者の聖㫖に逺の字無しと。謂曰く、君と面のあたり徳音を奉ず。君、擅に聖㫖を改めて以て凖を庇わんと欲するかと。是に由りて二人鬭䦧し、更々相い論奏す。上、翰林學士錢惟演に命じて制を草して謂の政事を罷めしむ。惟演、遂に迪を出だして謂を留む。外人、先に其の事を聞く。制出でて愕然たらざる無し。上も亦た復た省みざるなり。
-
『宋名臣言行録』前集巻五・李迪真宗既に疾甚し。李迪・丁謂、同に相と作る。内臣雷允恭なる者は嬖臣なり。劉后より以下、皆な畏れて之に事う。謂の進用は皆な雷の力なり。嘗て宣を中書に傳え、林特を以て樞宻副使と為さんと欲す。迪、不可として曰く、兩府を除するは、須らく面のあたり聖㫖を奉ずべしと。翌日、之を上前に爭う。聲色俱に厲し。謂、辭窮し、俛首鞠躬するのみ。謂既に退く。迪獨り留まりて劄子を納る。上、皆な省記する能わず。而して二相皆な郡を以て罷む。允恭、宣を謂の家に傳え、中書、人を闕くを以て、權に謂を留めて發遣せしむ。