宋名臣言行録 / 前集巻五・李迪
謂因直入中書見同列召堂吏諭之索文書閲之来日與諸公同奏事上亦無語衆退獨留及出道過學士院問院吏今日學士誰直曰劉學士筠謂呼筠出口傳聖㫖令謂復相可草麻筠曰命相必面得㫖果爾今日必有宣召麻乃可為也謂無如之何他日再奏事復少留退過學士院復問誰直曰錢惟演謂復以聖㫖語之惟演即從命既復相乃逐公及其黨正人為之一空將草公責詞時宋宣獻知制誥當直請其罪名謂曰春秋無將漢法不道皆其事也宋不得已從之及謂貶朱崖宋猶掌詞命即為之詞曰無將之戒深著于魯經不道之誅難逃于漢法天下快之
新字:謂因直入中書見同列召堂吏諭之索文書閲之来日与諸公同奏事上亦無語衆退独留及出道過学士院問院吏今日学士誰直曰劉学士筠謂呼筠出口伝聖旨令謂復相可草麻筠曰命相必面得旨果爾今日必有宣召麻乃可為也謂無如之何他日再奏事復少留退過学士院復問誰直曰銭惟演謂復以聖旨語之惟演即従命既復相乃逐公及其党正人為之一空将草公責詞時宋宣献知制誥当直請其罪名謂曰春秋無将漢法不道皆其事也宋不得已従之及謂貶朱崖宋猶掌詞命即為之詞曰無将之戒深著于魯経不道之誅難逃于漢法天下快之
書き下し
謂、因りて直ちに中書に入り、同列に見え、堂吏を召して之に諭し、文書を索めて之を閲す。来日、諸公と同に事を奏す。上も亦た語無し。衆退く。獨り留まる。出づるに及び、道、學士院を過ぐ。院吏に問う、今日、學士は誰か直せると。曰く、劉學士筠なりと。謂、筠を呼び出だし、口ずから聖㫖を傳え、謂をして復た相たらしむ、麻を草す可しと令す。筠曰く、相を命ずるは必ず面のあたり㫖を得。果たして爾らば、今日必ず宣召有らん。麻は乃ち為す可きなりと。謂、之を如何ともする無し。他日、再び事を奏す。復た少しく留まる。退きて學士院を過ぐ。復た問う、誰か直せると。曰く、錢惟演なりと。謂、復た聖㫖を以て之に語る。惟演即ち命に從う。既に復た相たり。乃ち公及び其の黨を逐う。正人、之が為に一空す。將に公の責詞を草せんとす。時に宋宣獻、知制誥として當に直すべし。其の罪名を請う。謂曰く、春秋に將無く、漢法に不道なるは、皆な其の事なりと。宋、已むを得ずして之に從う。謂の朱崖に貶せらるるに及び、宋、猶お詞命を掌る。即ち之が為に詞して曰く、無將の戒めは深く魯經に著れ、不道の誅は漢法に逃れ難しと。天下之を快とす。
現代語訳
丁謂はそのまま中書省へ入り、同僚に会い、役所の書記を呼んで言い含め、文書を求めて閲覧した。翌日、諸公とともに奏上した。帝もまた何も言わなかった。皆が退出した。丁謂だけが残った。出るとき、道が学士院を通った。院の役人に尋ねた。「今日は誰が学士の当直か」。「劉筠学士です」と答えた。丁謂は劉筠を呼び出し、口頭で聖旨を伝え、丁謂をふたたび宰相とするので、任命の詔を書くようにと命じた。劉筠は言った。「宰相を任命するには、必ず面と向かって旨を承ります。本当にそうなら、今日きっと召し出しがあるはずです。詔はそれから書けばよいことです」。丁謂はどうすることもできなかった。後日、また奏上した。またしばらく残った。退出して学士院を通った。また尋ねた。「誰が当直か」。「銭惟演です」と答えた。丁謂はまた聖旨だと言って伝えた。銭惟演はすぐに命に従った。こうしてふたたび宰相となった。そして李迪とその一党を追い出した。正しい人々は、それで一人もいなくなった。李迪を罷免する詔を書こうとした。当時、宋綬が知制誥として当直であった。その罪名を尋ねた。丁謂は言った。「春秋に『将たること無かれ』とあり、漢の法に『不道』とあるのが、みなその事だ」。宋綬はやむを得ずそれに従った。丁謂が朱崖に流されたとき、宋綬はまだ詔勅を掌っていた。そこでその詔にこう書いた。「『将たること無かれ』の戒めは深く魯の経書に記され、『不道』の誅は漢の法から逃れがたい」。天下はそれを痛快とした。
解説
この章句が説くこと
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『十善法語』巻第七・不兩舌戒此善悪報応。智者ノ小心翼翼トシテ。終ニ聖慧明ヲ得ル処シヤ。愚人モ終ニ非ヲ改メ過ヲ悔ヰ。闇ヨリ明ニ趣ク処シヤ。声聞乗ノ人ノ厭背シテ禅定智慧ヲ発スル基シヤ。菩薩乗ノ人ノ大慈悲心相応スル処シヤ。此生死業果ナクハ一切賢聖モ大道ヲ窮ルコトナク。諸仏出世シテ衆生ヲ利益シタマフコトナキシヤ。真正ノ道人此中ニ実相ニ達スル。果ヲ見テ因ニ達スル。是ナク非ナク。得ナク失ナシ。此身此ニ在テ逈然トシテ世外ニ遊フ。因ヲ看テ果ニ通スル。自ナク他ナク。縛ナク脱ナシ。唯善相応シテ常ニ世人ヲ利益スルシヤ。
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史記 李将軍列伝諸々の広の軍吏及び士卒或いは封侯を取る。広嘗て望気の王朔と燕語して、曰く、「漢の匈奴を撃ちしより広未だ嘗て其の中に在らざることあらず。而るに諸部の校尉以下、才能中人に及ばず、然れども胡を撃つの軍功を以て侯を取る者数十人。而して広は人に後れず。然れども尺寸の功の以て封邑を得る者無きは、何ぞや。豈に吾が相当に侯たるべからざるか。且つ固より命なるか」と。朔曰く、「将軍自ら念へ。豈に嘗て恨む所有るか」と。広曰く、「吾嘗て隴西の守と為る。羌嘗て反す。吾誘ひて降す。降る者八百余人。吾詐りて同日に之を殺す。今に至るまで大いに恨むは独り此のみ」と。朔曰く、「禍は已に降れるを殺すより大なるは莫し。此れ乃ち将軍の侯を得ざる所以の者なり」と。後二歳、大将軍・驃騎将軍大いに出でて匈奴を撃つ。広数々自ら行かんことを請ふ。天子以て老いたりと為し、許さず。良久しくして乃ち之を許し、以て前将軍と為す。是の歳は、元狩四年なり。広既に大将軍青に従ひて匈奴を撃ち、既に塞を出づ。青虜を捕へて単于の居る所を知り、乃ち自ら精兵を以て之に走り、而して広をして右将軍の軍に并せて、東道より出でしむ。東道は少しく回遠にして、大軍の行くに水草少なく、其の勢屯行せず。広自ら請ひて曰く、「臣の部は前将軍為り。今大将軍乃ち徙して臣をして東道より出でしむ。且つ臣結髪より匈奴と戦ふ。今乃ち一たび単于に当たるを得たり。臣願はくは前に居り、先づ単于に死せん」と。大将軍青も亦陰かに上の誡めを受く。以為へらく李広は老いて、数奇なり、単于に当たらしむる毋かれ、恐らくは欲する所を得ざらんと。而して是の時公孫敖新たに侯を失ひ、中将軍と為りて大将軍に従ふ。大将軍も亦敖をして与に倶に単于に当たらしめんと欲す。故に前将軍広を徙す。広時に之を知り、固く自ら大将軍に辞す。大将軍聴かず。長史をして書を封じて広の莫府に与へしめ、曰く、「急に部に詣れ。書の如くせよ」と。
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『驢鞍橋』卷上一日因果の理を破る者に示して曰く、我人を打てば人亦我を打つ、人に能く向へは人亦我によし。是れ眼前の道理なり。其上三時業報の因果歴然の仏説明也。然るに仏説を信せぬは、其方は仏より上なり、近頃珍しき人也。亦彼の者誦経すれば口が成仏仕るやと云ふ。師曰、先づ口なりとも成仏するかよきなり。総して今時勤めは心に有りて業にあらすと云ふ者錯多しと也。
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『修証義』第一章 総序今の世に因果を知らず。業報を明らめず。三世を知らず、善悪を弁へざる邪見の党侶には群すべからず。大凡因果の道理、歴然として私なし。造悪の者は堕ち。修善の者は陞る、毫釐も貳はざるなり。若し因果亡じて虚しからんが如きは、諸仏の出世あるべからず、祖師の西来あるべからず。
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