宋名臣言行録 / 前集巻五・李迪
真宗既疾甚李迪丁謂同作相内臣雷允恭者嬖臣也自劉后以下皆畏事之謂之進用皆雷之力嘗傳宣中書欲以林特為樞宻副使迪不可曰除兩府須面奉聖㫖翌日爭之上前聲色俱厲謂辭屈俛首鞠躬而已謂既退迪獨留納劄子上皆不能省記而二相皆以郡罷允恭傳宣謂家以中書闕人權留謂發遣
新字:真宗既疾甚李迪丁謂同作相内臣雷允恭者嬖臣也自劉后以下皆畏事之謂之進用皆雷之力嘗伝宣中書欲以林特為枢宻副使迪不可曰除両府須面奉聖旨翌日争之上前声色倶厲謂辞屈俛首鞠躬而已謂既退迪独留納劄子上皆不能省記而二相皆以郡罷允恭伝宣謂家以中書闕人権留謂発遣
書き下し
真宗既に疾甚し。李迪・丁謂、同に相と作る。内臣雷允恭なる者は嬖臣なり。劉后より以下、皆な畏れて之に事う。謂の進用は皆な雷の力なり。嘗て宣を中書に傳え、林特を以て樞宻副使と為さんと欲す。迪、不可として曰く、兩府を除するは、須らく面のあたり聖㫖を奉ずべしと。翌日、之を上前に爭う。聲色俱に厲し。謂、辭窮し、俛首鞠躬するのみ。謂既に退く。迪獨り留まりて劄子を納る。上、皆な省記する能わず。而して二相皆な郡を以て罷む。允恭、宣を謂の家に傳え、中書、人を闕くを以て、權に謂を留めて發遣せしむ。
現代語訳
真宗の病がひどくなった。李迪と丁謂がともに宰相であった。宦官の雷允恭は寵臣であった。劉皇后以下、みな畏れて仕えた。丁謂が引き上げられたのは、みな雷允恭の力であった。あるとき勅命を中書省に伝えて、林特を枢密副使にしようとした。李迪は不可として言った。「二府の官を任じるには、面と向かって聖旨を承らなければならない」。翌日、御前でそれを争った。声も顔つきも激しかった。丁謂は言葉に窮し、頭を下げて身を屈めるばかりであった。丁謂が退出した。李迪は一人残って上書を差し出した。帝はもう何も覚えていられなかった。そして二人の宰相は、どちらも地方の長官として罷免された。雷允恭は勅命を丁謂の家に伝え、中書省に人が欠けるので、かりに丁謂を留めて職務を執らせることにした。
解説
宦官が伝える「勅命」に、一人だけ手続きを盾に抵抗した条です。**二府の官を任じるには、面と向かって聖旨を承らなければならない。**紙で来た人事を、口で確かめると言っている。御前で争って丁謂は言葉に窮しました。しかし決め手が消えていました。**帝はもう何も覚えていられなかった。**判断する人が判断できなくなったとき、手続きだけでは止まりません。二人とも罷免されています。
この章句が説くこと
両府を除するは須らく面のあたり聖旨を奉ずべし謂辞窮し俛首鞠躬するのみ上皆な省記する能わず而して二相皆な郡を以て罷む手続人事宦官
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