宋名臣言行録 / 前集巻五・李迪
公為舉子時從种放明逸先生學將試京師攜明逸書見栁開仲塗以文巻為贄與謁俱入乆之仲塗出曰讀君之文須沐浴乃敢見因留之門下一日仲塗自出題令公與諸子及門下客同賦賦成驚曰君必魁天下為宰相文定所擬賦題不傳如王沂公初作有物混成賦識者知其決為宰相葢所養所學發為言辭可以觀矣
新字:公為舉子時従种放明逸先生学将試京師攜明逸書見栁開仲塗以文巻為贄与謁倶入乆之仲塗出曰読君之文須沐浴乃敢見因留之門下一日仲塗自出題令公与諸子及門下客同賦賦成驚曰君必魁天下為宰相文定所擬賦題不伝如王沂公初作有物混成賦識者知其決為宰相葢所養所学発為言辞可以観矣
書き下し
公、舉子為る時、种放明逸先生に從いて學ぶ。將に京師に試みんとす。明逸の書を攜えて栁開仲塗に見ゆ。文巻を以て贄と為し、謁と俱に入る。乆しくして仲塗出でて曰く、君の文を讀むに、須らく沐浴して乃ち敢えて見ゆべしと。因りて之を門下に留む。一日、仲塗自ら題を出だし、公と諸子及び門下の客とをして同に賦せしむ。賦成る。驚きて曰く、君は必ず天下に魁して宰相と為らんと。文定の擬する所の賦題は傳わらず。王沂公の初め有物混成の賦を作り、識者、其の決して宰相と為らんことを知るが如し。葢し養う所・學ぶ所の發して言辭と為るは、以て觀る可きなり。
現代語訳
公が受験生であったころ、种放(明逸先生)について学んだ。都で受験しようとした。明逸の紹介状を携えて柳開(仲塗)に会いに行った。文集を手土産として、名刺とともに差し入れた。長いことたって柳開が出てきて言った。「君の文章を読むには、沐浴してからでなければ、とても拝見できない」。そこで公を門下に留めた。ある日、柳開が自分で題を出して、公と自分の子らと門下の客に、いっしょに賦を作らせた。賦が出来た。驚いて言った。「君はきっと天下第一となって宰相になるだろう」。李迪の作った賦の題は伝わっていない。王曽がはじめて「有物混成の賦」を作って、見識ある者がきっと宰相になると見抜いたのと同じである。つまり、養ってきたもの・学んできたものが言葉となって表れるのは、それを見れば分かるということである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻五・李迪謂、因りて直ちに中書に入り、同列に見え、堂吏を召して之に諭し、文書を索めて之を閲す。来日、諸公と同に事を奏す。上も亦た語無し。衆退く。獨り留まる。出づるに及び、道、學士院を過ぐ。院吏に問う、今日、學士は誰か直せると。曰く、劉學士筠なりと。謂、筠を呼び出だし、口ずから聖㫖を傳え、謂をして復た相たらしむ、麻を草す可しと令す。筠曰く、相を命ずるは必ず面のあたり㫖を得。果たして爾らば、今日必ず宣召有らん。麻は乃ち為す可きなりと。謂、之を如何ともする無し。他日、再び事を奏す。復た少しく留まる。退きて學士院を過ぐ。復た問う、誰か直せると。曰く、錢惟演なりと。謂、復た聖㫖を以て之に語る。惟演即ち命に從う。既に復た相たり。乃ち公及び其の黨を逐う。正人、之が為に一空す。將に公の責詞を草せんとす。時に宋宣獻、知制誥として當に直すべし。其の罪名を請う。謂曰く、春秋に將無く、漢法に不道なるは、皆な其の事なりと。宋、已むを得ずして之に從う。謂の朱崖に貶せらるるに及び、宋、猶お詞命を掌る。即ち之が為に詞して曰く、無將の戒めは深く魯經に著れ、不道の誅は漢法に逃れ難しと。天下之を快とす。
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『宋名臣言行録』前集巻五・李迪迪、衡州團練副使に貶せらる。歳餘、祕書監・知舒州に除せらる。章獻上仙す。迪、時に尚書右丞を以て河陽を知る。召されて復た相と為る。迪、自ら不世の遇を受くるを以て、心を盡くして輔佐す。知りて為さざる無し。吕夷簡之を忌み、潛かに之を上に短ず。歳餘にして罷めて出でて某州を知る。迪、人に謂いて曰く、迪、自ら量らず、聖主の知を恃み、自ら以て宋璟と為して、吕を以て姚崇と為す。其の我を待つこと乃ち是くの如きを知らざりしなりと。
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『宋名臣言行録』前集巻五・李迪真宗既に疾甚し。李迪・丁謂、同に相と作る。内臣雷允恭なる者は嬖臣なり。劉后より以下、皆な畏れて之に事う。謂の進用は皆な雷の力なり。嘗て宣を中書に傳え、林特を以て樞宻副使と為さんと欲す。迪、不可として曰く、兩府を除するは、須らく面のあたり聖㫖を奉ずべしと。翌日、之を上前に爭う。聲色俱に厲し。謂、辭窮し、俛首鞠躬するのみ。謂既に退く。迪獨り留まりて劄子を納る。上、皆な省記する能わず。而して二相皆な郡を以て罷む。允恭、宣を謂の家に傳え、中書、人を闕くを以て、權に謂を留めて發遣せしむ。
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『宋名臣言行録』前集巻六・吕夷簡祥符の末、王沂公、知制誥たり。朝望日に重し。一日、中書に至りて王文正公に見ゆ。公問う、君、一の吕夷簡を識るや否やと。沂公曰く、識らざるなりと。文正曰く、此の人、異日、舍人と對して鈞軸を秉らんと。沂公曰く、何を以て之を知るやと。曰く、吾も亦た識らず。但だ其の奏請を以て之を得たりと。沂公曰く、奏請は何事ぞと。曰く、農器に税せざる等の數事の如しと。卒に沂公と並び相たり。
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『宋名臣言行録』前集巻五・李迪上、將に章獻后を立てんとす。迪、翰林學士為り。屢々疏を上りて諌む。章獻の寒㣲に起こるを以て、天下に母たる可からずと。是に由りて章獻深く之を啣む。周懐政の誅せらるるや、上怒ること甚だし。責、太子に及ばんと欲す。羣臣敢えて言う莫し。迪、參政為り。上の怒りの稍や息むを俟ち、從容として奏して曰く、陛下に幾子有りて、乃ち此の計を為さんと欲するやと。上大いに寤む。是に由りて獨り懐政等を誅して、東宫動摇せず。迪の力なり。
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『宋名臣言行録』前集巻二・王旦景徳中、李迪・賈邉皆な進士に舉げられ、當時に名有り。省試に就くに及び、主文咸な之を取らんと欲す。既にして皆な與らず。其の巻を取りて之を視れば、迪は賦を以て韻を落とし、邉は「當に仁に師に讓らず」の論を以て、師を以て衆と為し、注疏と異説なり。乃ち奏を為して具さに所以を道い、特に收試せんことを乞う。時に公相と為り、議して曰く、迪は不考を犯すと雖も、然れども不意に出づ。其の過ちは恕す可し。邉の如きは特に異説を立つ。將に後生をして務めて穿鑿を為さしめんとす。漸くする可からずと。遂に迪を收めて邉を黜く。