宋名臣言行録 / 前集巻四・王曙
公知益州賊盗贓無輕重一切戮之蜀中股慄不數月賊屏竄列郡皆外戸不閉先是張詠守蜀季春糶廩米其價比時估三之一以濟貧民凡十戸為一保一家犯罪一保皆坐不得糴民以此少敢犯法至是獻議者改詠之法窮民無所濟復為盗公奏復之
新字:公知益州賊盗贓無軽重一切戮之蜀中股慄不数月賊屏竄列郡皆外戸不閉先是張詠守蜀季春糶廩米其価比時估三之一以済貧民凡十戸為一保一家犯罪一保皆坐不得糴民以此少敢犯法至是献議者改詠之法窮民無所済復為盗公奏復之
書き下し
公、益州を知る。賊盗の贓は輕重と無く、一切之を戮す。蜀中股慄す。數月ならずして賊屏竄す。列郡皆な外戸を閉ざさず。是より先、張詠、蜀を守る。季春、廩米を糶る。其の價は時估に比して三の一なり。以て貧民を濟う。凡そ十戸を一保と為す。一家罪を犯さば一保皆な坐して糴するを得ず。民、此を以て敢えて法を犯すこと少なし。是に至り、獻議する者、詠の法を改む。窮民、濟う所無く、復た盗を為す。公、奏して之を復す。
現代語訳
公が益州の長官となった。盗みの賍物は軽重を問わず、いっさい死刑にした。蜀じゅうが震え上がった。数か月とたたないうちに賊は逃げ隠れた。諸郡はみな戸外の扉を閉ざさなくなった。これより前、張詠が蜀を守っていた。春の終わりに倉の米を売り出した。その値は時価の三分の一であった。それで貧しい民を救った。十戸を一保とした。一家が罪を犯せば、その保の全員が連座して買えなくなった。民はこれによって、あえて法を犯すことが少なかった。この時になって、意見を出す者があって張詠の法を改めた。困窮した民は救われるところが無くなり、また盗みを働いた。公は奏上してこれを元に戻した。
解説
厳罰と、その裏側の両方が書かれた条です。前半は賍物の軽重を問わず死刑という厳しさで、数か月で賊が消えました。後半が本題です。張詠が作った、時価三分の一で米を売る仕組みが廃止されたら、困窮した民がまた盗みを働いた。公は奏上してそれを元に戻しています。罰を厳しくするのと、盗まなくて済む仕組みを保つのを、両方やった。片方だけでは戻ってしまう、と分かっていた記録です。
この章句が説くこと
賊盗の贓は軽重と無く一切之を戮す蜀中股慄す廩米を糶る其の価は時估に比して三の一なり以て貧民を済う窮民済う所無く復た盗を為す公奏して之を復す厳罰救済両輪
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