宋名臣言行録 / 前集巻五・王曽
初章聖上仙外尚未聞中書宻院同入問起居召詣寢閤東面垂帷明肅傳遺命輔立皇太子及皇太后權聴斷軍國大事退而發哀公于殿廬草具遺制丁謂欲去權字加淑妃為皇太妃字公執咨曰皇帝冲年太后臨朝斯已國家否運稱權猶足示後況言猶在耳何可改也且増減制書有法豈期表則之地先欲亂之耶曷為更載立妃之文必若尊禮當俟事定而議謂勃然曰參政却欲擅改遺制乎公曰曽適来寢殿中實不聞此言若誠有之豈敢改也諸公無相同者遂依違而行然權字遂不敢去故謂之敗公首被爰立之命
新字:初章聖上仙外尚未聞中書密院同入問起居召詣寝閤東面垂帷明粛伝遺命輔立皇太子及皇太后権聴断軍国大事退而発哀公于殿廬草具遺制丁謂欲去権字加淑妃為皇太妃字公執咨曰皇帝沖年太后臨朝斯已国家否運称権猶足示後況言猶在耳何可改也且増減制書有法豈期表則之地先欲乱之耶曷為更載立妃之文必若尊礼当俟事定而議謂勃然曰参政却欲擅改遺制乎公曰曽適来寝殿中実不聞此言若誠有之豈敢改也諸公無相同者遂依違而行然権字遂不敢去故謂之敗公首被爰立之命
書き下し
初め章聖上仙す。外、尚お未だ聞かず。中書・宻院、同に入りて起居を問う。召して寢閤に詣らしむ。東面して帷を垂る。明肅、遺命を傳え、皇太子及び皇太后を輔立して權に軍國の大事を聴斷せしむ。退きて哀を發す。公、殿廬に於て遺制を草具す。丁謂、權の字を去り、淑妃を加えて皇太妃の字と為さんと欲す。公執って咨して曰く、皇帝は冲年、太后臨朝す。斯れ已に國家の否運なり。權と稱するも猶お後に示すに足る。況んや言、猶お耳に在り。何ぞ改む可けんや。且つ制書を増減するに法有り。豈に表則の地、先ず之を亂さんと欲するを期せんや。曷為れぞ更に立妃の文を載せんや。必ず若し尊禮せば、當に事の定まるを俟ちて議すべしと。謂勃然として曰く、參政、却って遺制を擅改せんと欲するかと。公曰く、曽、適来、寢殿の中、實に此の言を聞かず。若し誠に之れ有らば、豈に敢えて改めんやと。諸公、相い同ずる者無し。遂に依違して行う。然れども權の字は遂に敢えて去らず。故に謂の敗るるや、公、首として爰立の命を被る。
現代語訳
真宗が崩じたばかりで、外にはまだ知られていなかった。中書省と枢密院がそろって参内して伺候した。呼ばれて寝所へ行った。東を向いて帳が垂れていた。劉太后が遺命を伝え、皇太子と皇太后を立てて、「権(かり)に」軍国の大事を裁かせるとした。退出して喪を発した。公は殿の控えの間で遺詔の草案を作った。丁謂は「権」の字を削り、淑妃を加えて「皇太妃」の字を入れようとした。公は譲らずに言った。「皇帝は幼年で、太后が朝に臨む。これはすでに国家の傾いた運である。『権』と称してこそ、まだ後の世に示すに足る。まして、その言葉はまだ耳に残っている。どうして改められよう。そのうえ詔書の字を増減するには法がある。手本となるべき場所が、まっさきにそれを乱そうというのか。どうしてさらに妃を立てる文まで載せるのか。どうしても尊んで礼を加えるなら、事が定まってから議すべきだ」。丁謂は色をなして言った。「参政は、かえって遺詔をほしいままに改めようというのか」。公は言った。「私は先ほど寝殿の中で、そんな言葉は実際に聞いておりません。もし本当にあったのなら、どうして改めたりしましょうか」。諸公で同調する者はなかった。そのままうやむやに進んだ。しかし「権」の字は、ついに削れなかった。だから丁謂が失脚したとき、公はまっさきに宰相に立てられた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公元年 言を以て物を知る三月、甲辰、盟ふ。楚の公子圍服を設け衛を離ぬ。叔孫穆子曰く、「楚の公子美なり、君なるかな」と。鄭の子皮曰く、「二執戈の者前めり」と。蔡の子家曰く、「蒲宮に前有り、亦た可ならずや」と。楚の伯州犁曰く、「此の行や、辭して之を寡君に假れり」と。鄭の行人揮曰く、「假りて反さざらん」と。伯州犁曰く、「子姑く子皙の背誕せんと欲するを憂へよ」と。子羽曰く、「當璧猶ほ在り。假りて反さずとも、子其れ憂ひ無からんや」と。齊の國子曰く、「吾二子に代りて愍ふ」と。陳の公子招曰く、「憂へずんば何ぞ成らん。二子樂しめり」と。衛の齊子曰く、「苟くも或いは之を知らば、憂ふと雖も何ぞ害あらん」と。宋の合左師曰く、「大國令し、小國共す。吾共するを知るのみ」と。晉の樂王鮒曰く、「小旻の卒章善し。吾之に從はん」と。會より退く。子羽子皮に謂ひて曰く、「叔孫は絞にして婉、宋の左師は簡にして禮、樂王鮒は字しみて敬す。子と子家とは之を持す。皆保世の主なり。齊・衛・陳の大夫は、其れ免れざらんか。國子は人に代りて憂ひ、子招は憂ひを樂しみ、齊子は憂ふと雖も害せずとす。夫れ及ばずして憂ふると、憂ふべくして樂しむと、憂へて害せずとするとは、皆憂ひを取るの道なり。憂ひ必ず之に及ばん。大誓に曰く、『民の欲する所は、天必ず之に從ふ』と。三大夫憂ひを兆す、能く至ること無からんや。言以て物を知るとは、其れ是の謂なり」と。
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『慎思録』巻之四言は心の声なり。外に発して聞くべし。心は身の主なり。中に在りて見るべからず。故に人に接する時、人は唯だ吾が言を聞きて、吾が心を見ず。然らば則ち外に発する者は、只だ言のみ。言豈に慎まざるべけんや。

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