宋名臣言行録 / 前集巻五・王曽
公青州發解南省廷試皆為首冠中山劉子儀為翰林學士戲語之曰狀元試三塲一生喫著不盡公正色答曰曾平生之志不在温飽
新字:公青州発解南省廷試皆為首冠中山劉子儀為翰林学士戯語之曰状元試三塲一生喫著不尽公正色答曰曽平生之志不在温飽
書き下し
公、青州の發解、南省、廷試、皆な首冠と為る。中山の劉子儀、翰林學士と為る。戲れて之に語りて曰く、狀元、三塲に試みて、一生喫著盡きずと。公、色を正して答えて曰く、曾が平生の志は温飽に在らずと。
現代語訳
公は青州の郷試も、尚書省の会試も、殿試も、みな首席であった。中山の劉子儀が翰林学士であった。戯れて言った。「状元は三度の試験に通って、一生食べるにも着るにも困らないな」。公は顔つきを改めて答えた。「私の生涯の志は、暖かさと満腹にはありません」。
解説
三度の試験をすべて首席で通った人への、軽口です。一生食べるにも着るにも困らないな。祝いの言葉でもありました。公は笑わずに顔つきを改めています。私の生涯の志は、暖かさと満腹にはありません。受かった直後に、何のために受かったのかを言い切った一言です。この後の条では、太后の臨朝を止め、宰相の丁謂を退けることになります。
この章句が説くこと
曽が平生の志は温飽に在らず状元三塲に試みて一生喫著尽きず公青州の発解南省廷試皆な首冠と為る志栄達目的
関連する章句
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啓発録・跋嗚呼如何せん、吾身刀圭の家に生れ、賤技に局々として、吾初年の志を遂る事を不得を。然れども所業は此に在りても、所志は彼に在り候へは、後世吾心を知り吾志を憐み吾道を信ずる者あらん歟。嘉永戊申季夏橋本左内誌。
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