宋名臣言行録 / 前集巻四・楊億
公以直道獨立時有挾邪説以進者面戲公曰君子知㣲知章知柔知剛公應聲答曰小人不恥不仁不畏不義
新字:公以直道独立時有挟邪説以進者面戯公曰君子知㣲知章知柔知剛公応声答曰小人不恥不仁不畏不義
書き下し
公、直道を以て獨立す。時に邪説を挾みて以て進む者有り、面のあたり公に戲れて曰く、君子は㣲を知り章を知り、柔を知り剛を知ると。公、聲に應じて答えて曰く、小人は不仁を恥じず、不義を畏れずと。
現代語訳
公は正しい道によって独り立っていた。あるとき邪な説をたずさえて世に出ようとする者があり、面と向かって公をからかって言った。「君子は微を知り章を知り、柔を知り剛を知る」。公は言葉が終わるやいなや答えた。「小人は不仁を恥じず、不義を畏れない」。
解説
四十三字の応酬です。相手が持ち出したのは『易』の一節で、君子は細かいところも表立ったところも、柔らかさも剛さも知っている——つまり融通が利く、という当てこすりでした。公の返しは同じ書の別の句です。**小人は不仁を恥じず、不義を畏れない。**相手の土俵の上で、そのまま返しています。言い負かすのに、新しい言葉を持ち出していません。
この章句が説くこと
君子は㣲を知り章を知り柔を知り剛を知る小人は不仁を恥じず不義を畏れず公直道を以て独立す応酬正直機知
関連する章句
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