宋名臣言行録 / 前集巻五・王曽
公嘗語曰昔楊文公有言人之操履無若誠實吾每欽佩斯言茍執之不渝夷險可以一致
新字:公嘗語曰昔楊文公有言人之操履無若誠実吾毎欽佩斯言茍執之不渝夷険可以一致
書き下し
公嘗て語りて曰く、昔、楊文公言える有り、人の操履は誠實に若くは無しと。吾れ毎に斯の言を欽佩す。茍しくも之を執りて渝らずんば、夷險も以て一致す可しと。
現代語訳
公はかつて言った。「昔、楊億の言葉に、人の身の処し方は誠実に及ぶものはない、というのがある。私はいつもこの言葉を敬い身につけている。かりにもこれを守って変えなければ、平らかな時も険しい時も、同じでいられる」。
解説
三十五字の条です。引いているのは前の巻に出てきた楊億の言葉でした。**人の身の処し方は、誠実に及ぶものはない。**そして自分の受け取り方を添えています。**これを守って変えなければ、平らかな時も険しい時も同じでいられる。**誠実であることの効き目を、順境と逆境で態度が変わらないこと、という一点に置いている。丁謂を倒し、また退けられた人の言葉です。
この章句が説くこと
人の操履は誠実に若くは無し吾れ毎に斯の言を欽佩す茍しくも之を執りて渝らずんば夷険も以て一致す可し誠実一貫順逆
関連する章句
-
孟子・離婁章句下孟子曰く、「言に實無きは不祥なり。不祥の實は、賢を蔽う者之に當る。」 <解説> この節は分かりにくい。朱注に云う、「或いは曰く、天下の言實に不祥なる者有る無し、惟れ賢を蔽い不祥の實を為すと、或いは曰く、言にして實無き者は不祥なり、故に賢を蔽い不祥の實を為す、二説同じからず、未だ孰れが是なるか知らず、疑うらくは或いは闕文有らん。」私は後説を採用し、かなり強引な解釈をした。やはり朱子の言うように闕分が有るのだろうか。
-
尚書・周官德を作せば心逸んじて日々休く、偽を作せば心勞して日々拙し。
-
論語・為政篇子曰く、詩三百、一言以て之を蔽えば、曰く、思い邪(よこしま)無しと。
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「下位に居りて、上に獲られざれば、民得て治む可からざるなり。上に獲らるるに道有り。友に信ぜられずんば、上に獲られず。友に信ぜらるるに道有り。親に事えて悅ばれずんば、友に信ぜられず。親に悅ばるるに道有り。身に反して誠ならずんば、親に悅ばれず。身を誠にするに道有り。善に明らかならずんば、其の身に誠ならず。是の故に誠は、天の道なり。誠を思うは、人の道なり。至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり。誠ならずして、未だ能く動かす者有らざるなり。」
-
徒然草・第233段万の科あらじと思はば、何事にも誠ありて、人を分かず恭しく、言葉すくなからむには如かじ。男女老少みなさる人こそよけれども、殊に若くかたちよき人の、言うるはしきは、忘れがたく思ひつかるゝものなり。よろづのとがは、馴れたるさまに上手めき、所得たるけしきして、人をないがしろにするにあり。
-
尚書・君陳至治は馨香にして、神明に感ず。黍稷は馨と非ず、明德のみ惟れ馨し。