宋名臣言行録 / 前集巻四・楊億
公因母病有陽翟之行王文正恐人害之白上遣使賜藥既而言事者彈劾不已卒以亞卿分司上嘗語輔臣曰聞楊億好謗時政王公曰億文人幼荷國恩若諧謔過當則恐有之至于謗訕臣保其不為也
新字:公因母病有陽翟之行王文正恐人害之白上遣使賜薬既而言事者弾劾不已卒以亜卿分司上嘗語輔臣曰聞楊億好謗時政王公曰億文人幼荷国恩若諧謔過当則恐有之至于謗訕臣保其不為也
書き下し
公、母の病に因りて陽翟の行有り。王文正、人の之を害せんことを恐れ、上に白して使いを遣わし藥を賜う。既にして事を言う者、彈劾して已まず。卒に亞卿を以て分司す。上嘗て輔臣に語りて曰く、楊億、好んで時政を謗ると聞くと。王公曰く、億は文人なり。幼くして國恩を荷う。若し諧謔過當ならば則ち恐らくは之れ有らん。謗訕に至りては、臣、其の為さざるを保つと。
現代語訳
公は母の病のため陽翟へ行った。王旦は人がそれを口実に害することを恐れ、帝に申し上げて使者をやり薬を賜った。ほどなく事を論ずる者が弾劾してやまなかった。ついに亜卿の位で地方勤務となった。帝がかつて輔佐の臣に言った。「楊億は好んで時の政を謗ると聞く」。王旦は言った。「楊億は文人です。幼いころから国の恩を受けております。もし戯れが度を越したということなら、それはあったかもしれません。しかし政を謗るということについては、臣がそれをしないと保証します」。
解説
弾劾が続く相手を、宰相が二段構えで庇った条です。まず**母の病で都を離れたところを狙われないよう、帝から薬を賜らせています。**そして帝から「政を謗るそうだ」と聞かれたときの答え方が要でした。**戯れが度を越したということならあったかもしれません。しかし政を謗るということは、臣が保証します。**全否定にせず、あり得るところは認めたうえで、肝心の一点だけを引き受けています。
この章句が説くこと
若し諧謔過当ならば則ち恐らくは之れ有らん謗訕に至りては臣其の為さざるを保つ王文正人の之を害せんことを恐れ上に白して使いを遣わし薬を賜う庇護保証区別
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻二・王旦王曽・張知白・陳彭年、政事に參預す。因りて公に白して曰く、事を奏する毎に、其の間に上覽を經ざる者有り。公但だ㫖を批して奉行す。恐らくは人之を言いて以て不可と為さんと。公遜謝するのみ。一日、奏對して公退く。諸公身を留む。上驚きて曰く、何の事有りて王旦と同に来らざるやと。諸公前説を以て對う。上曰く、旦は朕が左右に在ること多年なり。朕之を察するに毫髪の私無し。東封より後、朕諭すに小事は一面奉行するを以てす。卿等當に謹みて之を奉ずべしと。諸公退きて愧謝す。公曰く、向に諭及を䝉る。自ら上㫖を得たりと言う可からず。然れども今後更に諸公の規益を賴らんと。
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『宋名臣言行録』前集巻五・王曽公、閤下に在ること累年。時に楊文公已に内制に居る。楊の性は恢諧、嘲誚を好む。凡そ僚友、狎侮せざる無し。公に至れば則ち曰く、第四㕔の舍人、敢えて戲れを奉ぜずと。故に李翰林昌武、尤も歎服する所なり。嘗て曰く、王舍人の若きは、得て親疎す可からずと謂う可しと。
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