宋名臣言行録 / 前集巻四・髙瓊
真宗嘗問卿子幾人曰臣子十有四人臣誠愚不肖然未嘗不教以知書于是賜諸經史于其家每戒諸子母曲事要勢以蘄進身若吾奮節行間至秉旄鉞豈因人力哉
新字:真宗嘗問卿子幾人曰臣子十有四人臣誠愚不肖然未嘗不教以知書于是賜諸経史于其家毎戒諸子母曲事要勢以蘄進身若吾奮節行間至秉旄鉞豈因人力哉
書き下し
真宗嘗て問う、卿の子幾人ぞと。曰く、臣の子十有四人。臣は誠に愚不肖なり。然れども未だ嘗て教うるに書を知るを以てせずんばあらずと。是に於て諸の經史を其の家に賜う。毎に諸子を戒めて、曲げて要勢に事えて以て身を進むるを蘄むる母かれ。吾が節を間に奮いて旄鉞を秉るに至るが若きは、豈に人の力に因らんやと。
現代語訳
真宗がかつて尋ねた。「卿の子は何人か」。答えた。「臣の子は十四人おります。臣はまことに愚かで不肖ですが、それでも書物を知ることを教えなかったことはありません」。そこで諸々の経書と史書をその家に賜った。いつも子らを戒めて言った。「身を曲げて権勢のある者に仕えて、それで出世を求めてはならない。私が軍中で節を奮って旄鉞を執るに至ったのは、どうして人の力によったものか」。
解説
武人が、子に書物を教えていた条です。**臣はまことに愚かで不肖ですが、それでも書物を知ることを教えなかったことはありません。**帝は経書と史書を家に賜りました。戒めの言葉が要です。身を曲げて権勢のある者に仕えて出世を求めるな、私が旄鉞を執るに至ったのは人の力によったものか、と。自分の来歴を、そのまま子への根拠にしています。
この章句が説くこと
臣は誠に愚不肖なり然れども未だ嘗て教うるに書を知るを以てせずんばあらず曲げて要勢に事えて以て身を進むるを蘄むる母かれ吾が節を間に奮いて旄鉞を秉るに至るが若きは豈に人の力に因らんや教育自立権勢
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