宋名臣言行録 / 前集巻八・狄青
公器度深逺韓范之爲西帥也皆□其節下咸竒之曰此國器也范嘗以左氏春秋授之曰熟此可以斷大事將不知古今匹夫之勇不足爲也公於是晚節益喜書史
新字:公器度深遠韓范之為西帥也皆□其節下咸奇之曰此国器也范嘗以左氏春秋授之曰熟此可以断大事将不知古今匹夫之勇不足為也公於是晩節益喜書史
書き下し
公の器度は深逺なり。韓・范の西帥爲るや、皆な其の節下に□き、咸な之を竒として曰く、此れ國器なりと。范、嘗て左氏春秋を以て之に授けて曰く、此に熟せば以て大事を斷ず可し。將、古今を知らずんば、匹夫の勇にして爲すに足らざるなりと。公、是に於て晚節、益々書史を喜ぶ。
現代語訳
公の器量は深く遠かった。韓琦と范仲淹が西の帥であったとき、どちらもその配下に置き、みな非凡だとして「これは国の器だ」と言った。范仲淹はかつて『春秋左氏伝』をこの人に授けて言った。「これに習熟すれば、大事を判断できる。将が古今を知らなければ、一人の男の勇にすぎず、するに足りない」。公はここにおいて、晩年にはますます書物と歴史を好んだ。
解説
一冊の本を渡した条です。渡すときの言葉が要でした。これに習熟すれば、大事を判断できる。将が古今を知らなければ、一人の男の勇にすぎず、するに足りない。勇があることを否定していません。それだけでは足りない、と言っている。前に曹瑋が「行くところに書物を数車分積んでいった」と書かれ、その荷が『左伝』でした。同じ本が、また別の武人に渡っています。原文の□は四庫全書本の欠字です。
この章句が説くこと
此に熟せば以て大事を断ず可し将古今を知らずんば匹夫の勇にして為すに足らざるなり公是に於て晩節益々書史を喜ぶ学び武人書物
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