宋名臣言行録 / 前集巻四・冦凖
張乖崖常稱使公治蜀未必如詠至澶淵一擲詠亦不敢為也
新字:張乖崖常称使公治蜀未必如詠至澶淵一擲詠亦不敢為也
書き下し
張乖崖常に稱す、公をして蜀を治めしめば未だ必ずしも詠の如くならず。澶淵に至りての一擲は、詠も亦た敢えて為さざるなりと。
現代語訳
張詠はいつも言っていた。「寇準に蜀を治めさせても、必ずしも私のようにはいくまい。だが澶淵でのあの一擲は、私にもとてもできることではない」。
解説
二十四字で、互いの持ち場を分けた評です。**蜀を治めさせても私のようにはいくまい、だが澶淵のあの一擲は私にもできない。**張詠は前の条で「学問が足りない」と言った同じ人です。欠けているところを指摘したうえで、自分に無いものは無いと認めている。褒めるか貶すかの二択にしていません。この「一擲」という言葉が、後に讒言で「孤注」と言い換えられることになります。
この章句が説くこと
公をして蜀を治めしめば未だ必ずしも詠の如くならず澶淵に至りての一擲は詠も亦た敢えて為さざるなり評価持ち場公平力量
関連する章句
-
論語・八佾篇射は皮を主とせず、力を同じ科に為(わ)けず。古の道なり。
-
『宋名臣言行録』前集巻一・趙普普の人と為り隂刻にして、其の事を用うる時に當たり、睚眦を以て人を中傷すること甚だ多し。然れども其の子孫、今に至るまで福禄を享く。國初の大臣、能く及ぶ者鮮なし。安天下の謀、其の功大なるに非ざるを得んや。
-
論語・憲問篇子曰く、人の己を知らざるを患えず、其の能わざるを患う。
-
論語・憲問篇子曰く、『驥は其の力を称せず、その徳を称すなり。』
-
史記 管晏列伝鮑叔既に管仲を進め、身を以て之に下る。子孫世々斉に禄せられ、封邑を有つこと十余世、常に名大夫為り。天下、管仲の賢を多とせずして、鮑叔の能く人を知るを多とす。
-
説苑・善說齊景公子貢に謂いて曰く、「子誰をか師とする。」曰く、「臣仲尼を師とす。」公曰く、「仲尼賢なるか。」對えて曰く、「賢なり。」公曰く、「其の賢たること何如。」對えて曰く、「知らざるなり。」公曰く、「子其の賢を知りて其の奚若たるを知らざるは、可ならんか。」對えて曰く、「今天高しと謂うに、少長愚智と無く皆高きを知る。高きこと幾何ぞや。皆知らずと曰う。是を以て仲尼の賢を知りて其の奚若たるを知らざるなり。」