宋名臣言行録 / 前集巻四・冦凖
公少時不修小節頗愛飛鷹走狗太夫人性嚴嘗不勝怒舉秤鎚投之中足流血由是折節從學及貴母已亡每捫其痕輙哭
新字:公少時不修小節頗愛飛鷹走狗太夫人性厳嘗不勝怒舉秤鎚投之中足流血由是折節従学及貴母已亡毎捫其痕輙哭
書き下し
公、少き時、小節を修めず、頗る飛鷹走狗を愛す。太夫人の性は嚴なり。嘗て怒りに勝えず、秤鎚を舉げて之を投ず。足に中たりて血流る。是に由りて節を折りて學に從う。貴きに及びて母已に亡し。毎に其の痕を捫でて輙ち哭す。
現代語訳
公は若いころ、細かな行いを慎まず、鷹を飛ばし犬を走らせる遊びをたいそう好んだ。母君は厳しい性質であった。あるとき怒りに堪えかね、秤の分銅を取り上げて投げつけた。足に当たって血が流れた。これによって身を折って学問に向かった。貴い身になったときには、母はもう亡くなっていた。そのつどその傷跡を撫でて、そのたびに泣いた。
解説
足に残った傷跡の条です。母が投げた秤の分銅が当たった痕でした。**貴い身になったときには、母はもう亡くなっていた。そのたび傷跡を撫でて泣いた。**転機になった出来事の証拠が、体に残っている。褒められるためではなく、間に合わなかったことを思い出すために撫でています。皇帝の衣を引き、百官が震え上がったこの人の、いちばん柔らかい一条です。
この章句が説くこと
秤鎚を舉げて之を投ず足に中たりて血流る是に由りて節を折りて学に従う貴きに及びて母已に亡し毎に其の痕を捫でて輙ち哭す転機母痕
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