宋名臣言行録 / 前集巻四・冦凖
和議成諸將請設伏邀擊可使敵匹馬不返公勸帝勿從縱敵歸國以保盟好
新字:和議成諸将請設伏邀擊可使敵匹馬不返公勧帝勿従縦敵帰国以保盟好
書き下し
和議成る。諸將、伏を設けて邀擊し、敵をして匹馬も返らざらしむ可きを請う。公、帝に從う勿からんことを勸め、敵を縱ちて國に歸らしめ、以て盟好を保つ。
現代語訳
和議が成った。諸将は、伏兵を置いて待ち伏せし、敵を一騎も帰さないようにできると願い出た。公は帝に従わないよう勧め、敵を放って国へ帰らせ、それによって盟約と友好を保った。
解説
三十字の条です。和議が成った直後、諸将が「一騎も帰さずにやれます」と願い出ました。**公はそれを止めて、敵を放って帰らせています。**取れる勝ちを取らなかった、ということです。前の条で三十万まで絞り、幽州まで取ろうとした同じ人が、ここでは追撃を止めている。約束したあとの一手が、その約束の値打ちを決めるからです。
この章句が説くこと
諸将伏を設けて邀擊し敵をして匹馬も返らざらしむ可きを請う公帝に従う勿からんことを勧む敵を縦ちて国に帰らしめ以て盟好を保つ信義自制和議
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻四・冦凖敵和を請う。上以て公に問う。公曰く、如し臣の䇿を用いば、數百年無事なる可し。然らずんば、四五十年の後、臣、戎心の又た生ぜんことを恐ると。上曰く、朕、生靈の困を受くるに忍びず。且く其の和を聴すに如かず。四五十年の後、安んぞ能く塞を捍ぐ者無きを知らんやと。戎遂に和を得たり。
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『宋名臣言行録』前集巻四・冦凖敵既に退き、來りて和親を求む。曹利用に命じて之と約せしむ。時に契丹已に疲る。又た鎮定の大兵の其の歸路を扼するを懼る。利用の至るを見て甚だ喜ぶ。寢ぬるに珠縁の貂褥を以てす。敵主、河北を割かんことを求む。利用曰く、此くの如くんば臣、族罪を得ん。敢えて以て聞せずと。歳ごとに金繒二十萬を給するを許す。敵、其の少なきを嫌う。利用復た還りて之を奏す。上曰く、百萬以下は皆な許す可きなりと。凖、利用を召して之に語りて曰く、勑㫖有りと雖も、汝往きて許す所、三十萬を過ぐるを得る毋かれ。三十萬を過ぐれば、来りて凖に見ゆる勿かれ。凖、將に汝を斬らんとすと。利用股栗す。再び敵の帳に至り、果たして三十萬を以て約を成して還る。
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