宋名臣言行録 / 前集巻四・冦凖
敵既退來求和親命曹利用與之約時契丹已疲又懼鎮定大兵扼其歸路見利用至甚喜寢以珠縁貂褥敵主求割河北利用曰如此臣得族罪矣不敢以聞許嵗給金繒二十萬敵嫌其少利用復還奏之上曰百萬以下皆可許也凖召利用語之曰雖有勑㫖汝往所許毋得過三十萬過三十萬勿来見凖凖將斬汝利用股栗再至敵帳果以三十萬成約而還
新字:敵既退来求和親命曹利用与之約時契丹已疲又懼鎮定大兵扼其帰路見利用至甚喜寝以珠縁貂褥敵主求割河北利用曰如此臣得族罪矣不敢以聞許歳給金繒二十万敵嫌其少利用復還奏之上曰百万以下皆可許也凖召利用語之曰雖有勑旨汝往所許毋得過三十万過三十万勿来見凖凖将斬汝利用股栗再至敵帳果以三十万成約而還
書き下し
敵既に退き、來りて和親を求む。曹利用に命じて之と約せしむ。時に契丹已に疲る。又た鎮定の大兵の其の歸路を扼するを懼る。利用の至るを見て甚だ喜ぶ。寢ぬるに珠縁の貂褥を以てす。敵主、河北を割かんことを求む。利用曰く、此くの如くんば臣、族罪を得ん。敢えて以て聞せずと。歳ごとに金繒二十萬を給するを許す。敵、其の少なきを嫌う。利用復た還りて之を奏す。上曰く、百萬以下は皆な許す可きなりと。凖、利用を召して之に語りて曰く、勑㫖有りと雖も、汝往きて許す所、三十萬を過ぐるを得る毋かれ。三十萬を過ぐれば、来りて凖に見ゆる勿かれ。凖、將に汝を斬らんとすと。利用股栗す。再び敵の帳に至り、果たして三十萬を以て約を成して還る。
現代語訳
敵が退いてから、和親を求めてきた。曹利用に命じて約を結ばせた。当時、契丹はすでに疲れていた。そのうえ鎮定の大軍が帰り道をふさぐことを恐れていた。曹利用が来たのを見てひどく喜んだ。寝るのに真珠で縁取った貂の敷物を出した。敵の主は河北を割譲するよう求めた。曹利用は言った。「そのようなことでは、臣は一族の罪を受けます。とても報告できません」。毎年、金と絹二十万を給することで許した。敵はそれが少ないと不満だった。曹利用は戻ってそれを奏上した。帝は言った。「百万以下ならみな許してよい」。寇準は曹利用を呼んで言った。「勅旨があるとはいえ、おまえが行って許す額は三十万を超えてはならない。三十万を超えれば、帰って私に会うな。私はおまえを斬る」。曹利用は足を震わせた。ふたたび敵の陣に行き、はたして三十万で約を結んで帰った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・雜言孔子曰く、「船は水に非ざれば行く可からず、水船中に入れば、則ち其れ没す。故に曰く、君子は厳ならざる可からざるなり、小人は閉ざさざる可からざるなり」と。
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孫子・九地篇是の故に其の兵は修めずして戒め、求めずして得、約せずして親しみ、令せずして信ず。祥を禁じ疑いを去れば、死に至るまで之く所無し。
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孫子・軍争篇軍政に曰く、言うも相聞こえず、故に金鼓を為る。視るも相見えず、故に旌旗を為る、と。夫れ金鼓旌旗は、民の耳目を一にする所以なり。民既に専一なれば、則ち勇者も独り進むを得ず、怯者も独り退くを得ず。此れ衆を用うるの法なり。
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説苑・修文齊の景公射に登るに、晏子禮を脩めて待つ。公曰く、「選射の禮、寡人之を厭う。吾天下の勇士を得て、之と國を圖らんと欲す。」晏子對えて曰く、「君子禮無ければ、是れ庶人なり。庶人禮無ければ、是れ禽獸なり。夫れ臣勇多ければ則ち其の君を弒し、子力多ければ則ち其の長を弒す。然れども敢えてせざる者は、惟だ禮を之れ謂うなり。禮とは民を御する所以なり、轡とは馬を御する所以なり。禮無くして能く國家を治むる者は、嬰未だ之を聞かざるなり。」と。景公曰く、「善し。」と。乃ち射を飭め席を更めて以て上客と為し、終日禮を問う。
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孫子・九地篇能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
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老子・第57章正を以て国を治め、奇を以て兵を用い、無事を以て天下を取る。吾れ何を以て其の然るを知るや。此を以てなり。天下に忌諱多くして、民は彌々貧しく、民に利器多くして、国家は滋々昏し。人に伎巧多くして、奇物は滋々起こり、法令は滋々彰らかにして、盗賊は多く有り。故に聖人云う、我れ無為にして民は自ら化し、我れ静を好みて民は自ら正しく、我れ無事にして民は自ら富み、我れ無欲にして民は自ら樸なり。