宋名臣言行録 / 前集巻四・冦凖
公在澶淵每夕與楊億飲博謳歌諧謔喧呼常達旦或就寢則鼾息如雷上使人覘之喜曰得渠如此吾復何憂
新字:公在澶淵毎夕与楊億飲博謳歌諧謔喧呼常達旦或就寝則鼾息如雷上使人覘之喜曰得渠如此吾復何憂
書き下し
公、澶淵に在り。毎夕、楊億と飲博・謳歌・諧謔し、喧呼して常に旦に達す。或いは寢に就けば則ち鼾息雷の如し。上、人をして之を覘わしめ、喜びて曰く、渠を得ること此くの如し。吾れ復た何をか憂えんと。
現代語訳
公は澶淵にいた。毎晩、楊億と酒を飲み博打を打ち、歌い、戯れ、大声を上げて、いつも夜明けまで続いた。あるいは寝てしまえば、いびきが雷のようであった。帝は人をやって様子をうかがわせ、喜んで言った。「こういう者を得ている。私はもう何を憂えることがあろう」。
解説
前線の夜を、そのまま書いた条です。**毎晩、酒と博打と歌と戯れで夜明けまで、寝ればいびきが雷のよう。**帝はそれをうかがわせて、喜びました。こういう者を得ている、もう何を憂えることがあろう、と。総大将が眠れていない軍は保ちません。落ち着いているという事実は、言葉より寝息のほうが強い証拠になっています。
この章句が説くこと
毎夕楊億と飲博謳歌諧謔し喧呼して常に旦に達す或いは寝に就けば則ち鼾息雷の如し渠を得ること此くの如し吾れ復た何をか憂えん平静士気前線
関連する章句
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孫子・作戦篇故に智将は敵に食するを務む。敵に食する一鍾は、吾が二十鍾に当たり、萁稈一石は、吾が二十石に当たる。
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六韜・励軍武王 太公に問ひて曰く、「吾 三軍の衆をして、城を攻むれば先登を争ひ、野戦すれば先赴を争ひ、金の声を聞きて怒り、鼓の声を聞きて喜ばしめんと欲す。之を為すこと奈何」と。太公曰く、「将に三あり」と。武王曰く、「敢へて其の目を問はん」と。太公曰く、「将 冬に裘を服ず、夏に扇を操らず、雨に蓋を張らず、名づけて礼将と曰ふ。将 身づから礼を服せざれば、以て士卒の寒暑を知る無し。隘塞を出で、泥塗を犯すには、将 必ず先づ下りて歩む、名づけて力将と曰ふ。将 身づから力を服せざれば、以て士卒の労苦を知る無し。軍 皆な次を定めて、将 乃ち舎に就く。炊ぐ者 皆な熟して、将 乃ち食に就く。軍 火を挙げざれば、将も亦た挙げず、名づけて止欲将と曰ふ。将 身づから止欲を服せざれば、以て士卒の飢飽を知る無し。将 士卒と寒暑・労苦・飢飽を共にす、故に三軍の衆、鼓の声を聞けば則ち喜び、金の声を聞けば則ち怒る。高城深池、矢石 繁く下るも、士は先登を争ふ。白刃 始めて合ふも、士は先赴を争ふ。士は死を好みて傷つくを楽しむに非ざるなり。其の将の寒暑・飢飽を知ること審らかにして、労苦を見ること明らかなるが為なり」と。
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