孫子 / 行軍篇
絕水必遠水,客絕水而來,勿迎之于水內,令半濟而擊之,利;欲戰者,無附于水而迎客,視生處高,無迎水流,此處水上之軍也。
新字:絶水必遠水,客絶水而来,勿迎之于水内,令半済而撃之,利;欲戦者,無附于水而迎客,視生処高,無迎水流,此処水上之軍也。
書き下し
水を絶てば必ず水に遠ざかる。客水を絶ちて来たらば、之を水内に迎うる勿かれ。半ば済らしめて之を撃つは利なり。戦わんと欲する者は、水に附きて客を迎うる無かれ。生を視て高きに処り、水流を迎うる無かれ。此れ水上に処るの軍なり。
現代語訳
川を渡ったら必ず水から離れる。敵が川を渡って来るときは、水際で迎え撃ってはならない。半ば渡らせてから撃つのが有利である。戦おうとする者は、水に接して敵を迎えてはならない。日当たりのよい高所に陣取り、上流に敵を置いてはならない。これが水辺における軍の構え方である。
解説
川という一つの地形について、五つの禁止と指示が並んでいる。渡ったら離れる、水際で迎えない、半分渡らせてから撃つ、水に接して迎えない、上流を取られない。細かいが、どれも理屈が通っている。半ば済らしめて撃つ、というのが最も有名な原則だろう。全部渡らせれば敵は陣形を整え、渡る前に撃てば敵は引き返す。半分だけ渡った状態が、敵にとって最も不利になる。相手が中途半端な位置にいる瞬間を選ぶ、という考え方である。事業の競争でも、相手が新規参入を決めて動き始めたが、まだ体制が整っていない時期がある。参入前に牽制すれば相手は準備を厚くし、定着後に動けば手遅れになる。効くのは、その中間である。
この章句が説くこと
行軍地確保士気半済の計半済移行期の隙
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