宋名臣言行録 / 前集巻四・冦凖
公性忠朴喜直言無顧避時人語曰冦凖上殿百僚股栗
新字:公性忠朴喜直言無顧避時人語曰寇凖上殿百僚股栗
書き下し
公の性は忠朴にして直言を喜び、顧避する無し。時人語りて曰く、冦凖殿に上らば百僚股栗すと。
現代語訳
公の性質は忠実で飾り気がなく、率直に言うことを好み、遠慮して避けることがなかった。当時の人は言い合った。「寇準が殿に上れば、百官はみな足を震わせる」。
解説
二十二字の評です。**寇準が殿に上れば、百官はみな足を震わせる。**恐れているのは皇帝ではなく、居並ぶ官人のほうです。何を言い出すか分からないからで、前の条で王沔を名指しした場面がそのまま思い出されます。忠実で飾り気がない、という褒め言葉と、周りが震え上がるという事実が、同じ二十二字に入っています。
この章句が説くこと
寇凖殿に上らば百僚股栗す公の性は忠朴にして直言を喜び顧避する無し直言緊張率直評判
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