宋名臣言行録 / 前集巻四・畢士安
真宗詔選官校勘三國志晉唐書或言兩晉事多鄙惡不可流行者上以語宰相公曰惡以戒世善以勸後善惡之事春秋備載上然之命刋刻
新字:真宗詔選官校勘三国志晉唐書或言両晉事多鄙悪不可流行者上以語宰相公曰悪以戒世善以勧後善悪之事春秋備載上然之命刋刻
書き下し
真宗、詔して官を選びて三國志・晉唐書を校勘せしむ。或ひと兩晉の事、鄙惡多くして流行す可からずと言う。上、以て宰相に語る。公曰く、惡は以て世を戒め、善は以て後を勸む。善惡の事、春秋に備載すと。上之を然りとして刋刻を命ず。
現代語訳
真宗が詔を下して官を選び、『三国志』『晋書』『唐書』を校勘させた。ある者が、両晋の事は下劣で悪いことが多く、流布させるべきではないと言った。帝はそれを宰相に語った。公は言った。「悪は世を戒めるためのもの、善は後の世を励ますためのものです。善も悪も、春秋にすべて記されております」。帝はそのとおりだとして、印刻を命じた。
解説
悪い記録を残すか消すかを議した条です。答えが二行でした。**悪は世を戒めるためのもの、善は後の世を励ますためのもの。善も悪も、春秋にすべて記されている。**削る側の理屈は「下劣で悪いことが多い」でしたが、それこそが残す理由だと返しています。この書自身が、行き過ぎた処断や崩れていく人物を削らずに残しているのと、同じ考え方です。
この章句が説くこと
悪は以て世を戒め善は以て後を勧む善悪の事春秋に備載す両晉の事鄙悪多くして流行す可からず記録公開戒め
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