宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
王均李順之亂官于蜀者多不挈家以行公知益州單騎赴任官屬憚其嚴莫敢畜侍婢公不欲絶人情遂自買一婢以侍巾櫛自此官屬稍稍置姬侍矣公還闕呼婢父母出貲以嫁之仍處女也一日有術士上謁自言能鍜汞為白金公即市汞百兩俾鍜一火而成不耗銖兩公立命工煆為一大香爐鑿其腹曰充大慈寺殿上公用送寺中以酒榼遺術者而絶之
新字:王均李順之乱官于蜀者多不挈家以行公知益州単騎赴任官属憚其厳莫敢畜侍婢公不欲絶人情遂自買一婢以侍巾櫛自此官属稍稍置姬侍矣公還闕呼婢父母出貲以嫁之仍処女也一日有術士上謁自言能鍜汞為白金公即市汞百両俾鍜一火而成不耗銖両公立命工煆為一大香炉鑿其腹曰充大慈寺殿上公用送寺中以酒榼遺術者而絶之
書き下し
王均・李順の亂、蜀に官する者多く家を挈えて以て行かず。公、益州を知り、單騎して任に赴く。官屬其の嚴を憚り、敢えて侍婢を畜う莫し。公、人情を絶たんと欲せず。遂に自ら一婢を買いて以て巾櫛に侍せしむ。此れより官屬稍稍に姬侍を置く。公、闕に還り、婢の父母を呼び、貲を出だして以て之を嫁す。仍お處女なり。一日、術士有り上謁す。自ら言う、能く汞を鍜して白金と為すと。公即ち汞百兩を市い、鍜せしむ。一火にして成り、銖兩を耗せず。公立ちどころに工に命じて煆して一大香爐と為さしめ、其の腹を鑿りて曰く、大慈寺殿上の公用に充つと。寺中に送り、酒榼を以て術者に遺りて之を絶つ。
現代語訳
王均と李順の乱があって、蜀に赴任する者は多くが家族を連れて行かなかった。公は益州の長官となり、単騎で任地へ赴いた。属僚たちはその厳しさを憚って、あえて侍女を置く者がなかった。公は人の情を断ち切ろうとは思わなかった。そこで自分から一人の侍女を買って、身の回りの世話をさせた。これ以後、属僚たちもしだいに侍女を置くようになった。公は都に帰るとき、その侍女の父母を呼び、金を出して嫁がせた。娘はまだ処女のままであった。ある日、方術の士が拝謁を願い出た。自分で、水銀を鍛えて白金にできると言った。公はすぐに水銀百両を買って鍛えさせた。一度の火で出来上がり、目方も減らなかった。公はただちに工人に命じてそれを鋳て大きな香炉とし、その腹に彫らせて言った。「大慈寺の殿上の公用に充てる」。寺に送り、酒樽を方術の士に贈って、それきり交わりを絶った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公、南都の朱某と相い善し。朱且つ病む。公之を視る。白公に曰く、某、常て異人に遇い、水銀を變じて白金と為すの術を得たり。吾が子、幼くして傳うるに足らず。今、以て君に傳えんと。遂に其の方并びに藥を以て公に贈る。公納れず。之を強う。乃ち受く。未だ嘗て封を啟かず。後、其の子寀長ず。公之に教うること義、子弟に均し。寀の第に登るに及び、乃ち封ずる所の藥并びに其の術を以て之に還す。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠公の蜀より還るや、詔して諌議大夫牛冕を以て公に代う。公之を聞きて曰く、冕は撫御の才に非ず。其れ能く綏輯せんやと。年を踰えて果たして王均の亂を致す。冕を逐いて益州に據る。後、之を討平すと雖も、民尚お未だ寧からず。上、公の前に蜀を治めて威惠の人に在るを以て、復た公を以て樞宻直學士と為し、刑部侍郎に遷して益州を知らしむ。蜀民之を聞き、鼓舞相い慶すること、赤子の乆しく父母を失いて復た来りて我を鞠うが如し。公、民の己を信ずるを知り、嚴に易うるに寛を以てす。凡そ令下れば人情慰愜せざる無し。蜀郡復た大いに治まる。上、謝濤に命じて蜀を撫せしめ、公に諭して曰く、卿の蜀に在るを得て、朕、復た西顧の憂い有らずと。因りて公に詔して景徳大錢を嘉・卭州に鑄しむ。一は小鉄錢十・銅錢一千に當たる。今、之を便とす。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠公、少くして劍を學び、竒節を為すを樂しむ。士人の遠郡に遊宦する有り。僕夫の為に其の不法の事を持たれて之を恐れられ、且つ其の女を妻と為さんことを欲せらる。即ち止む。歳乆しくして益々恣横にして制す可からず。詠、傳舍に寓し、其の事を知る。即ち陽りて此の僕を假りて馭と為し、單騎して城を出で、林麓の中に至りて之を斬りて還る。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠淳化四年冬、東西兩川旱す。民饑う。吏、救䘏を失す。冦大いに起こる。五年正月、賊首李順、成都府を陷る。詔して王繼恩を招安使に充て、兵を率いて之を討たしむ。復た公に命じて成都府の事を知らしむ。五月、繼恩賊を破りて成都を收む。上、公を留めて秋に至りて始めて遣り行かしむ。時に關中、民に率いて粮を負いて以て川師に餉らしむ。道路絶えず。公府に至り、城中の屯する所の兵を問う。尚お三萬人にして半月の食無し。公、鹽價の素より髙くして廩に餘積有るを訪ね知る。乃ち其の估を下げ、民の米を以て鹽に易うるを得るを聴す。民爭いて之に趨る。未だ月を踰えずして米數十萬斛を得たり。軍中喜びて呼びて曰く、此の翁は真に善く國事を幹くる者なりと。
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『宋名臣言行録』前集巻二・王旦真宗臨御すること歳乆しく、中外虞れ無し。羣臣と燕語す。或ひと勸むるに聲妓を以て自ら樂しむを以てす。公の性は儉約にして、初め姬侍無し。其の家、二直省官を以て錢を治む。上、内東門司をして二人の者を呼び、限を責めて相公の為に妾を買わしめ、仍りて銀三千兩を賜う。二人歸りて以て公に吿ぐ。公樂しまず。然れども上㫖に逆らい難く、遂に之を聴す。葢し公自ら是れより始めて衰う。數歳にして館舍を捐つ。初め沈倫の家破る。其の子孫、銀器を鬻ぐ。皆な錢塘の錢氏が昔、中朝の將相に遺りし所の花籃・火筩の類にして、家人の有する所に非ず。直省官、沈氏と議し、止だ銀を以て之に易う。具さに公に白す。公嚬蹙して曰く、吾が家、安んぞ此を用いんと。其の後、姬妾既に具わり、乃ち二人を呼びて問う、昔、沈氏の作りし器、尚お再び求む可きや否やと。二人謝して曰く、向に私かに銀を以て之に易う。今、見に在りと。公喜びて之を用うること素より有るがごとし。聲色の人を移すこと此くの如し。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠初め益州を知る。一猾吏を斬る。前後の郡守の倚任する所の者なり。吏、罪無しと稱す。公、判を封じて市曹に至らしめ、之を讀み示す。既に斷辭を聞き、市人に告げて曰く、爾輩、好き知府を得たりと。葢し李順嘗て死罪有り。此の吏之を縱てばなり。