宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
公在銀臺時張永徳為并代帥小校犯法杖之而死有詔按罪公封還詔書曰永徳方被邉寄若責一小校遂摧辱之臣恐帥體輕而小人慢上矣不納既而果有營卒脅刺其大校者上始寤公言面加慰勞
新字:公在銀台時張永徳為并代帥小校犯法杖之而死有詔按罪公封還詔書曰永徳方被邉寄若責一小校遂摧辱之臣恐帥体軽而小人慢上矣不納既而果有営卒脅刺其大校者上始寤公言面加慰労
書き下し
公、銀臺に在りし時、張永徳、并代の帥為り。小校の法を犯すもの有り。之を杖ちて死す。詔有りて罪を按ぜしむ。公、詔書を封還して曰く、永徳、方に邉寄を被る。若し一小校を責めて遂に之を摧辱せば、臣恐る、帥の體輕くして小人上を慢らんことをと。納れられず。既にして果たして營卒の其の大校を脅刺する者有り。上始めて公の言を寤る。
現代語訳
公が銀台にいたとき、張永徳が并州・代州の帥であった。下級将校で法を犯した者があった。杖で打って死なせた。詔が下ってその罪を調べさせようとした。公は詔書を封じて突き返して言った。「張永徳はいま辺境を託されております。もし一人の下級将校のことで責めて、そのために辱めることになれば、臣が恐れますのは、帥としての格が軽くなり、下の者が上を侮ることです」。聞き入れられなかった。ほどなくはたして、兵が上官を脅して刺す事件が起きた。帝ははじめて公の言葉を悟った。
解説
詔書を封じて突き返した条です。理由は張永徳を庇うためではありません。一人の下級将校のことで帥を辱めれば、帥としての格が軽くなり、下の者が上を侮る。処分の是非ではなく、処分が現場の秩序に与える影響を言っています。聞き入れられず、その後に兵が上官を刺す事件が起きました。この書は、通らなかった諫言とその後の結果を対で置きます。
この章句が説くこと
若し一小校を責めて遂に之を摧辱せば臣恐る帥の体軽くして小人上を慢らんことを公詔書を封還す既にして果たして営卒の其の大校を脅刺する者有り処分秩序諫言
関連する章句
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