宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
公在杭有富民病將死子方三嵗乃命其婿主其貲而與婿遺書曰他日欲分財即以十之三與子七與婿子時長立果以財為訟婿持其書詣府請如元約公閲之以酒酹地曰汝之婦翁智人也時以子幼故以此屬汝不然子死汝手矣乃命以其財三與婿而子與七皆泣謝而去服公明斷
新字:公在杭有富民病将死子方三歳乃命其婿主其貲而与婿遺書曰他日欲分財即以十之三与子七与婿子時長立果以財為訟婿持其書詣府請如元約公閲之以酒酹地曰汝之婦翁智人也時以子幼故以此属汝不然子死汝手矣乃命以其財三与婿而子与七皆泣謝而去服公明断
書き下し
公杭に在り。富民の病みて將に死せんとする有り。子方に三歳なり。乃ち其の婿に命じて其の貲を主らしめ、婿に與うるに遺書を以てして曰く、他日、財を分かたんと欲せば、即ち十の三を以て子に與え、七を婿に與えよと。子の時に長立し、果たして財を以て訟えを為す。婿其の書を持して府に詣り、元約の如くせんことを請う。公之を閲し、酒を以て地に酹ぎて曰く、汝の婦翁は智人なり。時に子幼きを以ての故に、此を以て汝に屬す。然らずんば、子は汝の手に死せんと。乃ち命じて其の財、三を以て婿に與え、子には七を與う。皆な泣謝して去る。公の明斷に服す。
現代語訳
公が杭州にいたとき。ある富民が病んで死のうとしていた。子はまだ三歳だった。そこで娘婿に命じてその財産を管理させ、婿に遺書を渡して言った。「いつか財を分けるときには、十のうち三を子に与え、七を婿に与えよ」。子が成長したとき、はたして財産のことで訴えが起きた。婿はその遺書を持って役所に来て、もとの約束どおりにしてほしいと願い出た。公はそれを読み、酒を地に注いで言った。「おまえの舅は知恵のある人だ。当時、子が幼かったので、こうしておまえに託したのだ。そうでなければ、子はおまえの手にかかって死んでいただろう」。そして命じて、その財産の三を婿に与え、七を子に与えた。二人とも泣いて礼を言って去った。人々は公の明快な裁きに感服した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』得情・何武・張詠漢の沛郡に富翁有り。家資は二十余万、子の才は年三歳にして、其の母を失う。女有りて人に適ぐも、甚だ賢からず。翁の病困するや、遺書を為り、悉く財を以て女に属し、但だ一剣を遺して云う、「児の年十五にして、以て付し還せ」と。其の後、又た剣を与えず。児は郡に詣りて陳訴す。太守何武、女及び婿を録し、其の手書を省み、顧みて掾吏に謂いて曰く、「此の人は女の性は強梁にして、婿は復た貪鄙なるに因り、其の児を残害せんことを畏る。又た小児の此の財を得るも全く護る能わざるを計り、故に且く女に与え、実は之を守るのみ。夫れ剣とは、決断する所以なり。年十五と限るは、其の子の智力の以て自ら居るに足るを度り、又た此の女の必ず復た其の剣を還さざるを度り、当に州県に関して申転を得べしとなり。其の思慮の深遠なること是の如きかな」と。悉く奪いて財を児に与う。曰く、「敝女悪婿は、温飽十年、亦た已に幸いなり」と。論者大いに服す。張詠、杭州に知たり。杭に富民有り、病みて将に死せんとす。其の子は三歳。富民は其の婿に命じて家貲を主らしめ、而して遺すに書を以て曰く、「他日財を分かつに、十の三を以て子に、七を婿に与えよ」と。其の後、子は之を官に訟う。婿は父の書を持ちて府に詣る。詠、之を閲し、酒を以て地に酬いて曰く、「汝の婦翁は智人なり。時に子幼し、故に子を以て汝に属す。然らずんば、子は汝の手に死せん」と。乃ち命じて三分して其の財を婿に与え、子には七を与う。
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『宋名臣言行録』前集巻一・張齊賢真宗の時、戚里に財を分かつことの均しからざるを爭う者有り。更々相い訴訟す。又た宮に入るに因りて上前に自ら理む。更むること十餘たび、斷ずるも服する能わず。齊賢自ら治めんことを請う。上之を許す。公、訟者に詔げて曰く、汝、彼の分かつ所の財多く、汝の分かつ所の財少なきを以てするに非ずやと。皆な曰く、然りと。即ち命じて各々狀を供せしめ、實を結ばしむ。乃ち兩吏を召して趨りて其の家に歸らしめ、甲の家をして乙の舎に入らしめ、乙の家をして甲の舎に入らしむ。貨財は動かすを得る無し。分書は則ち之を交易す。訟者乃ち止む。上大いに悦びて曰く、朕固より君に非ざれば能く定むる莫きを知れりと。
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『智囊』得情・某巡官富民の張老なる者有り。妻は一女を生み、子無し。某甲を家に贅す。久しくして、妾に子を生み、一飛と名づく。育てて四歳にして張老卒す。張の病む時、婿に謂いて曰く、「妾の子は任ずるに足らず。吾が財は当に汝が夫婦に畀うべし。爾は但だ彼の母子を養い、溝壑に死せざらしめば、即ち汝の陰徳なり」と。是に於いて券を出して書す、「張一非は吾が子に非ず。家財は尽く吾が婿に与う。外人は争奪するを得ず」と。婿は乃ち張の業を据有して疑わず。後に妾の子壮にして、官に告げて分かつことを求む。婿は券を以て官に呈す。遂に置いて問わず。他日、奉使者至り、妾の子復た訴う。婿は仍お前の如く赴き証す。奉使者は乃ち其の句読を更めて曰く、「張一非、吾が子なり。家財は尽く与う、吾が婿は外人、争奪するを得ず」と。曰く、「爾の父翁は明らかに『吾が婿は外人』と謂えり。爾は尚お敢えて其の業を有せんや。詭りて『飛』を『非』と書けるは、彼の幼きが爾の害を為すを慮ればなり」と。是に於いて断じて妾の子に給う。人は快と称す。
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