宋名臣言行録 / 前集巻一・張齊賢
真宗時戚里有爭分財不均者更相訴訟又因入宮自理于上前更十餘斷不能服齊賢請自治上許之公詔訟者曰汝非以彼所分財多汝所分財少乎皆曰然即命各供狀結實乃召兩吏趨歸其家令甲家入乙舎乙家入甲舎貨財無得動分書則交易之訟者乃止上大悦曰朕固知非君莫能定者
新字:真宗時戚里有争分財不均者更相訴訟又因入宮自理于上前更十余断不能服斉賢請自治上許之公詔訟者曰汝非以彼所分財多汝所分財少乎皆曰然即命各供状結実乃召両吏趨帰其家令甲家入乙舎乙家入甲舎貨財無得動分書則交易之訟者乃止上大悦曰朕固知非君莫能定者
書き下し
真宗の時、戚里に財を分かつことの均しからざるを爭う者有り。更々相い訴訟す。又た宮に入るに因りて上前に自ら理む。更むること十餘たび、斷ずるも服する能わず。齊賢自ら治めんことを請う。上之を許す。公、訟者に詔げて曰く、汝、彼の分かつ所の財多く、汝の分かつ所の財少なきを以てするに非ずやと。皆な曰く、然りと。即ち命じて各々狀を供せしめ、實を結ばしむ。乃ち兩吏を召して趨りて其の家に歸らしめ、甲の家をして乙の舎に入らしめ、乙の家をして甲の舎に入らしむ。貨財は動かすを得る無し。分書は則ち之を交易す。訟者乃ち止む。上大いに悦びて曰く、朕固より君に非ざれば能く定むる莫きを知れりと。
現代語訳
真宗の時、外戚の一族に、財産の分け方が不公平だと争う者があった。互いに訴え合った。そのうえ宮中に入って帝の前で直接申し立てた。十度あまりも裁決を変えたが、納得させられなかった。張斉賢が自分に扱わせてほしいと願い出た。帝はこれを許した。公は訴えた者たちに告げた。「おまえたちは、相手の分けた財が多く、自分の分けた財が少ないというのだな」。みな「そのとおりです」と言った。そこで命じてそれぞれ書面を出させ、事実を確認させた。そして二人の役人を呼んで急いでそれぞれの家へ行かせ、甲の家族を乙の屋敷に入れ、乙の家族を甲の屋敷に入れさせた。財貨は動かしてはならない。分割の証文だけを交換させた。訴えていた者はそれでやめた。帝は大いに喜んで言った。「私はもとより、卿でなければ決められないと知っていた」。
解説
十度裁決してもおさまらなかった相続争いを、一手で終わらせた条です。**どちらも「相手の取り分が多い」と言っている。ならば入れ替えればよい。**財貨は動かさず、家族と証文だけを交換させました。どちらが正しいかを判定していません。両者の主張をそのまま実現しただけです。自分の言い分が通った瞬間に、争う理由が消える。裁くのではなく、条件を反転させて終わらせた例です。
この章句が説くこと
汝彼の分かつ所の財多く汝の分かつ所の財少なきを以てするに非ずや甲の家をして乙の舎に入らしめ乙の家をして甲の舎に入らしむ朕固より君に非ざれば能く定むる莫きを知れり裁定争い逆転
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠公杭に在り。富民の病みて將に死せんとする有り。子方に三歳なり。乃ち其の婿に命じて其の貲を主らしめ、婿に與うるに遺書を以てして曰く、他日、財を分かたんと欲せば、即ち十の三を以て子に與え、七を婿に與えよと。子の時に長立し、果たして財を以て訟えを為す。婿其の書を持して府に詣り、元約の如くせんことを請う。公之を閲し、酒を以て地に酹ぎて曰く、汝の婦翁は智人なり。時に子幼きを以ての故に、此を以て汝に屬す。然らずんば、子は汝の手に死せんと。乃ち命じて其の財、三を以て婿に與え、子には七を與う。皆な泣謝して去る。公の明斷に服す。
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