宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
公每斷事有情輕法重情重法輕者必為判語讀以示之蜀人鏤板謂之戒民集大抵以敦風俗篤孝義為本也
新字:公毎断事有情軽法重情重法軽者必為判語読以示之蜀人鏤板謂之戒民集大抵以敦風俗篤孝義為本也
書き下し
公、事を斷ずる毎に、情輕くして法重く、情重くして法輕き者有らば、必ず判語を為りて讀みて以て之に示す。蜀人板に鏤りて之を戒民集と謂う。大抵、風俗を敦くし孝義を篤くするを以て本と為すなり。
現代語訳
公は事を裁くたび、情としては軽いのに法としては重い、あるいは情としては重いのに法としては軽い、という場合があれば、必ず判決の文を作って読み聞かせ、それを示した。蜀の人はそれを板に彫って『戒民集』と呼んだ。おおむね、風俗を厚くし孝と義を篤くすることを根本としていた。
解説
情と法がずれる場面でだけ、判決文を書いて読み聞かせた条です。**情は軽いのに法は重い、情は重いのに法は軽い。**そのずれを黙って処理せず、言葉にして示しています。蜀の人はそれを板に彫って『戒民集』と呼びました。裁きが、そのまま公開された教材になっている。前の条で判決文を市場で読ませたのと、同じやり方が制度になっています。
この章句が説くこと
情軽くして法重く情重くして法軽き者有らば必ず判語を為りて読みて以て之に示す蜀人板に鏤りて之を戒民集と謂う風俗を敦くし孝義を篤くするを以て本と為す判決公開情と法
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