宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
公有清鑒善臧否人物凡所薦辟皆方亷恬退之士嘗曰彼好奔競者將自得之何假吾舉
新字:公有清鑒善臧否人物凡所薦辟皆方亷恬退之士嘗曰彼好奔競者将自得之何仮吾舉
書き下し
公、清鑒有り、善く人物を臧否す。凡そ薦辟する所は皆な方亷恬退の士なり。嘗て曰く、彼の奔競を好む者は將に自ら之を得んとす。何ぞ吾が舉を假らんやと。
現代語訳
公は澄んだ鑑識眼があり、人物のよしあしを的確に評した。推薦し招いた者はみな、四角四面で清廉、無欲で身を退く士であった。かつて言った。「あの走り回って競うことを好む者は、放っておいても自分で手に入れる。どうして私の推薦を借りる必要があろう」。
解説
推薦する相手を、無欲で身を退く者に限った条です。理由が実利に立っています。**走り回って競うことを好む者は、放っておいても自分で手に入れる、どうして私の推薦を借りる必要があろう。**推薦という限られた資源を、それが無ければ埋もれる人にだけ使う、ということです。王旦が「状元が駆け回るなら足がかりの無い者はどうすればよいのか」と言った条と、同じ場所に立っています。
この章句が説くこと
彼の奔競を好む者は将に自ら之を得んとす何ぞ吾が舉を仮らんや凡そ薦辟する所は皆な方亷恬退の士なり公清鑒有り善く人物を臧否す推挙猟官資源
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