宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
公有清鑒善臧否人物凡所薦辟皆方亷恬退之士嘗曰彼好奔競者將自得之何假吾舉
新字:公有清鑒善臧否人物凡所薦辟皆方廉恬退之士嘗曰彼好奔競者将自得之何仮吾舉
書き下し
公、清鑒有り、善く人物を臧否す。凡そ薦辟する所は皆な方亷恬退の士なり。嘗て曰く、彼の奔競を好む者は將に自ら之を得んとす。何ぞ吾が舉を假らんやと。
現代語訳
公は澄んだ鑑識眼があり、人物のよしあしを的確に評した。推薦し招いた者はみな、四角四面で清廉、無欲で身を退く士であった。かつて言った。「あの走り回って競うことを好む者は、放っておいても自分で手に入れる。どうして私の推薦を借りる必要があろう」。
解説
推薦する相手を、無欲で身を退く者に限った条です。理由が実利に立っています。走り回って競うことを好む者は、放っておいても自分で手に入れる、どうして私の推薦を借りる必要があろう。推薦という限られた資源を、それが無ければ埋もれる人にだけ使う、ということです。王旦が「状元が駆け回るなら足がかりの無い者はどうすればよいのか」と言った条と、同じ場所に立っています。
この章句が説くこと
彼の奔競を好む者は将に自ら之を得んとす何ぞ吾が舉を仮らんや凡そ薦辟する所は皆な方廉恬退の士なり凡そ薦辟する所は皆な方亷恬退の士なり公清鑒有り善く人物を臧否す推挙猟官
関連する章句
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事偖銭を夥く鋳出たさんには、当時長崎の金高つまりて銅を異国へくたさるゝことなれは、銅払底にて差支あるへし、総体銅の払底になりたるに仔細あり、此の三四十年このかた御城下は勿論、田舎の末々まて小寺小院にも鐘を鋳さるはなし、六十余州を詮識ぜは莫大の銅なるへし、小さき仏像其の数も夥しくなりたり、仏像も余りに夥しくなれは信仰は次第に薄くなることなれは、仏法のためにも宜しからさることなり、特に鐘の功徳と云ふは人の眠りを醒し、六時勤行の時を教へ、十二時の移り行くを知らせて無常を観するたよりとし、又大叢林にては峰々谷々の衆僧を呼集むる用事の為に鐘をつることなり、然るに鐘楼もなき小寺小院のつく人さへもなきに、旦那を勧進して鐘を楼下につり置きたるは何のため成るぞや、つかぬ鐘に声なし、声なくて功徳のあるへきやうなし、真に無用のものなり、
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『新論』守禦虜は海外諸国を周流し、鉛錫銅鉄硝黄の属、之を諸国の産に資る。其の用固より窮まらず。而して我内に自ら守り、必ず山嶽の秘を発して以て之を用ゐれば、則ち彼此多寡の数、其の較せざるや亦審らかなり。(明人寇を防ぎ、招集屯駐す。当時汪汝淳云ふ、苦しむ所は人日に衆くして、衣甲器械継がず、火薬更に敷かずと。則ち此の火薬の生じ易き者すら、亦猶ほ敷かざるを患ふ。況んや今銅鉄鉛錫、其の生ずること限り有る者をや。)故に或いは弓弩を参用し、必ずしも専ら火器を恃まず。其の火器を用ゐる者も、亦専ら銅と鉛とを恃まず。其の銃身は或いは鉄或いは木、其の弾は或いは鉄或いは石或いは餅、或いは和するに銅鉄の滓・海上の沙鉄の類を以てして、以て餅と為す。朽縄・敗布・爛網・破罟と雖も、亦採りて以て錬造に供す。其の乏しきを補ふべからざる無し。棄物を収蔵して、以て有用を待ち、之を平素に試み、士卒をして習ひて之を知らしめ、事に臨みて百方参用すれば、庶はくは急遽にして以て匱乏を致さざらん。
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