宋名臣言行録 / 前集巻二・李沆
張詠嘗謂人曰吾榜中得人最多慎重有雅望無如李文靖深沈有徳鎮服天下無如王公面折庭爭素有風采無如㓂公當方面寄則詠不敢辭
新字:張詠嘗謂人曰吾榜中得人最多慎重有雅望無如李文靖深沈有徳鎮服天下無如王公面折庭争素有風采無如㓂公当方面寄則詠不敢辞
書き下し
張詠嘗て人に謂いて曰く、吾が榜中、人を得ること最も多し。慎重にして雅望有るは李文靖に如くは無く、深沈にして徳有り天下を鎮服するは王公に如くは無く、面折庭爭し素より風采有るは㓂公に如くは無し。方面の寄に當たりては則ち詠敢えて辭せずと。
現代語訳
張詠がかつて人に語った。「私と同じ年の合格者からは、人材が最も多く出た。慎重で立派な人望があることでは李文靖(李沆)に及ぶ者がなく、奥深く徳があって天下を鎮め従わせることでは王公(王旦)に及ぶ者がなく、面と向かって言い争い、平素から堂々とした風格があることでは寇公(寇準)に及ぶ者がない。一方面を任される役目なら、私も辞退はしない」。
解説
同期の顔ぶれを、それぞれ一語で並べた条です。慎重で人望なら李沆、奥深い徳で天下を鎮めるなら王旦、面と向かって争う風格なら寇準。**そして自分の分は「一方面を任される役目なら、辞退はしない」。**三人を宰相の器として立てたうえで、自分は地方を預かる者だと位置づけました。人を測るとき、自分をどこに置くかまで含めて言えるかどうか。同期の評として、これ以上ないほど正確な四行です。
この章句が説くこと
慎重にして雅望有るは李文靖に如くは無し深沈にして徳有り天下を鎮服するは王公に如くは無し方面の寄に当たりては則ち詠敢えて辞せず人物眼適所自覚
関連する章句
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