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宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠

公嘗以蜀地素狹游手者衆事寧之後生齒日繁稍遇水旱則民必艱食時米㪷直錢三十六乃按諸邑田税如其價嵗折米六萬斛至春籍城中細民計口給劵俾輸元估糴之奏為永制逮今七十餘年雖時有災饉米甚貴而益民無餒色者公之賜也

新字:公嘗以蜀地素狭游手者衆事寧之後生齒日繁稍遇水旱則民必艱食時米㪷直銭三十六乃按諸邑田税如其価歳折米六万斛至春籍城中細民計口給劵俾輸元估糴之奏為永制逮今七十余年雖時有災饉米甚貴而益民無餒色者公之賜也

書き下し

公嘗て蜀地素より狹く、游手の者衆きを以てす。事寧きの後、生齒日々に繁し。稍や水旱に遇わば則ち民必ず食に艱まん。時に米、㪷に錢三十六に直る。乃ち諸邑の田税を按じ、其の價の如くし、歳に米六萬斛を折る。春に至りて城中の細民を籍し、口を計りて劵を給し、元の估を輸して之を糴わしむ。奏して永制と為す。今に逮ぶこと七十餘年。時に災饉有りて米甚だ貴しと雖も、益の民に餒色無き者は、公の賜なり。

現代語訳

公はかつて、蜀の地はもともと狭く、手仕事のない者が多いことを気にかけていた。事が静まった後、人口は日ごとに増えた。少しでも水害や旱害に遭えば、民はきっと食に困る。当時、米は一斗が銭三十六に当たっていた。そこで諸県の田税を調べ、その値に合わせて、年に米六万斛を換算して納めさせた。春になると城中の貧しい民を帳簿に載せ、人数を数えて券を配り、元の値を納めさせてそれを買わせた。奏上して永久の制度とした。いまに至るまで七十余年。ときに災害や飢饉があって米がひどく高くなっても、益州の民に飢えた顔色が無いのは、公のおかげである。

解説

飢饉が来る前に、仕組みのほうを先に作った条です。**田税を米に換算して年六万斛を確保し、春に貧しい民を帳簿に載せて人数分の券を配り、もとの値で買わせる。**その場の救済ではなく、毎年動く制度にして奏上し、永久の制としました。締めが効いています。いまに至るまで七十余年、災害があって米が高くなっても益州の民に飢えた顔色が無い、と。効果を七十年で測っている条です。

この章句が説くこと

春に至りて城中の細民を籍し口を計りて劵を給す元の估を輸して之を糴わしむ奏して永制と為す今に逮ぶこと七十余年災饉有りて米甚だ貴しと雖も益の民に餒色無し制度備蓄飢饉

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