宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
討劉旰兵迴有以斬首級求賞者公曰當奔突交戰之際豈暇獲其首耶此必戰後剪来知復是誰殿直叚倫曰學士果神明也當時隨倫為先鋒入賊用命者皆中傷破體主帥令付營將理矣公命悉舁以來先錄其功帶首級者次之于是軍情以公賞罰至當相顧歡躍
新字:討劉旰兵迴有以斬首級求賞者公曰当奔突交戦之際豈暇獲其首耶此必戦後剪来知復是誰殿直叚倫曰学士果神明也当時随倫為先鋒入賊用命者皆中傷破体主帥令付営将理矣公命悉舁以来先録其功帯首級者次之于是軍情以公賞罰至当相顧歓躍
書き下し
劉旰を討つ兵迴る。首級を斬りて賞を求むる者有り。公曰く、奔突交戰の際に當たり、豈に其の首を獲るに暇あらんや。此れ必ず戰後に剪り来たる。復た是れ誰かを知らんと。殿直叚倫曰く、學士は果たして神明なり。當時、倫に隨いて先鋒と為り賊に入りて命を用うる者は、皆な中傷して體を破る。主帥、營將に付して理せしむと。公命じて悉く舁して以て來らしめ、先ず其の功を錄す。首級を帶ぶる者は之に次ぐ。是に於て軍情、公の賞罰の至當なるを以て、相い顧みて歡躍す。
現代語訳
劉旰を討った兵が帰ってきた。首を斬って賞を求める者があった。公は言った。「駆け回って戦い合っているさなかに、どうしてその首を取る暇があろう。これは必ず戦の後で切り取ってきたものだ。それに誰の首かも分からない」。殿直の段倫が言った。「学士はまことに神のように明らかです。あのとき私に従って先鋒となり、賊の中に入って命を尽くした者は、みな傷ついて体を損なっております。主帥は営将に預けて手当てさせております」。公は命じて全員を担いで連れて来させ、まずその功を記録した。首を提げてきた者はその次とした。そこで軍中は、公の賞罰がまことに当を得ていると、互いに顔を見合わせて喜び踊った。
解説
首の数で賞を求めてきた者を、その場で見抜いた条です。**駆け回って戦っているさなかに、首を取る暇があろうか。**取れる状況ではない、というだけの理屈です。そこへ、本当に先鋒だった者たちは傷ついて手当てを受けていると報告が入りました。公は全員を担いで連れて来させ、まず彼らの功を記録し、首を提げてきた者はその次にしています。測りやすい指標が、測るべきものとずれている、という話です。
この章句が説くこと
奔突交戦の際に当たり豈に其の首を獲るに暇あらんや悉く舁して以て来らしめ先ず其の功を録す首級を帯ぶる者は之に次ぐ軍情公の賞罰の至当なるを以て相い顧みて歓躍す賞罰指標見抜き
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貞観政要・君臣鑑戒夫れ大臣に委ぬるに大体を以てし、小臣に責むるに小事を以てするは、国を為むるの常なり。治を為むるの道なり。今、之に委ぬるに職を以てせば、則ち大臣を重んじて小臣を軽んず。事有るに至りては、則ち小臣を信じて大臣を疑う。其の軽んずる所を信じ、其の重んずる所を疑う。将に至治を求めんとするも、豈に得べけんや。又た政は恒有るを貴ぶ。屢々易(か)うるを求めず。今、或いは小臣に責むるに大体を以てし、或いは大臣に責むるに小事を以てす。小臣は拠る所に非ざるに乗じ、大臣は其の守る所を失う。大臣或いは小過を以て罪を獲、小臣或いは大体を以て罰を受く。職は其の位に非ず、罰は其の辜に非ず。其の私無きを欲し、其の力を尽くすを求むるも、亦た難からずや。小臣は委ぬるに大事を以てすべからず。大臣は責むるに小罪を以てすべからず。任ずるに大官を以てして、其の細過を求めば、刀筆の吏は、旨に順い風を承け、文を舞わし法を弄し、曲げて其の罪を成す。自ら陳ぶれば、則ち以て心は辜に伏せずと為す。言わざれば、則ち以て犯す所は皆な実なりと為す。進退惟れ谷(きわま)り、能く自ら明らかにする莫し。則ち苟も禍を免れんことを求む。大臣苟も免れば、則ち譎詐(けっさ)萌生す。譎詐萌生せば、則ち矯偽俗を成す。矯偽俗を成さば、則ち以て至治に臻(いた)るべからざるなり。
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