宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
公以順黨始皆良民一旦為賊脅從當示以恩信許其自新即掲榜諭之已而首者相踵公皆釋其罪使歸田里一日繼恩械賊數十人請公行法公詢之悉皆前所自首者復縱之繼恩恚而問公公曰前日李順脅民為賊今日僕化賊為民不亦可乎公度繼恩日横以狀聞上命上官正為招安使順之餘黨公撫安于内正擒討于外再閲月而兩川平
新字:公以順党始皆良民一旦為賊脅従当示以恩信許其自新即掲榜諭之已而首者相踵公皆釈其罪使帰田里一日継恩械賊数十人請公行法公詢之悉皆前所自首者復縦之継恩恚而問公公曰前日李順脅民為賊今日僕化賊為民不亦可乎公度継恩日横以状聞上命上官正為招安使順之余党公撫安于内正擒討于外再閲月而両川平
書き下し
公、順の黨は始め皆な良民にして、一旦賊の脅す所と為りて從うを以て、當に示すに恩信を以てし、其の自新を許すべしとす。即ち榜を掲げて之を諭す。已にして首する者相い踵ぐ。公皆な其の罪を釋き、田里に歸らしむ。一日、繼恩、賊數十人を械して公に法を行わんことを請う。公之を詢すに、悉く皆な前に自首せし所の者なり。復た之を縱つ。繼恩恚りて公に問う。公曰く、前日、李順は民を脅して賊と為す。今日、僕は賊を化して民と為す。亦た可ならずやと。公、繼恩の日々に横なるを度り、狀を以て聞す。上、上官正に命じて招安使と為す。順の餘黨、公、内に撫安し、正、外に擒討す。再び月を閲して兩川平らぐ。
現代語訳
公は、李順の一味ははじめみな良民であって、ある日賊に脅されて従っただけなのだから、恩と信を示してやり直しを許すべきだと考えた。そこで高札を掲げてそれを告げた。ほどなく自首する者が相次いだ。公はみなその罪を許し、田舎へ帰らせた。ある日、王継恩が賊数十人を枷にかけて、公に法を行うよう求めた。公が調べてみると、みな以前に自首した者ばかりであった。そこでまた放した。王継恩は怒って公に問い詰めた。公は言った。「先日、李順は民を脅して賊にした。今日、私は賊を教え導いて民にする。それもよいではないか」。公は王継恩が日ごとに横暴になるのを見て取り、そのさまを奏上した。帝は上官正に命じて招安使とした。李順の残党を、公は内で慰め安んじ、上官正は外で捕らえて討った。ふた月をへて両川は平定された。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠時に益、諸郡を收復すと雖も、餘冦尚お充斥す。繼恩、功を恃みて驕恣し、復た兵を出ださず。日々に娱燕を以て事と為す。軍戢まらず、往往にして民財を剽奪す。公是に於て悉く招安司の吏を擒えて庭に至らしめ、面のあたり其の過ちを數え、將に盡く之を斬らんとす。吏皆な股栗して活を求む。公曰く、汝が帥、兵を聚めて冦を玩び、出だすを肯んぜざるは、皆な汝輩之を為すなり。今、能く亟かに乃の帥に白して其の兵を分かたば、尚お死を免る可しと。吏曰く、唯だ公の命ずる所のままに。兵分かたずんば、戮に就くを願うと。公之を釋つ。繼恩即日、兵を鄰州に分かつ。數日ならずして城中の兵半ばを減ず。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠淳化四年冬、東西兩川旱す。民饑う。吏、救䘏を失す。冦大いに起こる。五年正月、賊首李順、成都府を陷る。詔して王繼恩を招安使に充て、兵を率いて之を討たしむ。復た公に命じて成都府の事を知らしむ。五月、繼恩賊を破りて成都を收む。上、公を留めて秋に至りて始めて遣り行かしむ。時に關中、民に率いて粮を負いて以て川師に餉らしむ。道路絶えず。公府に至り、城中の屯する所の兵を問う。尚お三萬人にして半月の食無し。公、鹽價の素より髙くして廩に餘積有るを訪ね知る。乃ち其の估を下げ、民の米を以て鹽に易うるを得るを聴す。民爭いて之に趨る。未だ月を踰えずして米數十萬斛を得たり。軍中喜びて呼びて曰く、此の翁は真に善く國事を幹くる者なりと。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠初め益州を知る。一猾吏を斬る。前後の郡守の倚任する所の者なり。吏、罪無しと稱す。公、判を封じて市曹に至らしめ、之を讀み示す。既に斷辭を聞き、市人に告げて曰く、爾輩、好き知府を得たりと。葢し李順嘗て死罪有り。此の吏之を縱てばなり。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠李順の黨中に耕牛を殺して罪を避けて逃亡する者有り。公、其の首身を許す。母を拘うること十日、出でず。之を釋つ。復た其の妻を拘うるに、一宿にして來る。公斷じて云う、母を禁ずること十夜、妻を留むること一宵。倚門の望、何ぞ疎なる。結髪の情、何ぞ厚き。舊は惡黨為り、今又た逃亡す。首身せしめんことを許すも、猶お尚お顧望す。市に就きて之を斬ると。是に於て首身する者繼ぎて至る。並びに遣りて業に歸らしむ。民悉く安居す。
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『宋名臣言行録』前集巻四・王曙公、益州を知る。賊盗の贓は輕重と無く、一切之を戮す。蜀中股慄す。數月ならずして賊屏竄す。列郡皆な外戸を閉ざさず。是より先、張詠、蜀を守る。季春、廩米を糶る。其の價は時估に比して三の一なり。以て貧民を濟う。凡そ十戸を一保と為す。一家罪を犯さば一保皆な坐して糴するを得ず。民、此を以て敢えて法を犯すこと少なし。是に至り、獻議する者、詠の法を改む。窮民、濟う所無く、復た盗を為す。公、奏して之を復す。
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『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公の在る所、賊敢えて犯さず。其の大順に城くや、一旦、兵を引きて出づ。諸將、向かう所を知らず。軍、柔逺に至りて始めて號令し、其の地處を告げて往きて城を築かしむ。版築の用に至るまで大小畢く具わる。而して軍中、初め知らず。賊、三萬騎を以て来たり爭う。公、諸將を戒む、戰いて賊走らば、追いて河を過ぐる勿かれと。已にして賊果たして走る。追う者渡らず。而して河外に果たして伏有り。賊既に計を失う。乃ち引きて去る。諸將皆な公の及ぶ可からざるを為すに服す。得る所の賜賚は皆な上意を以て諸將に分賜し、自ら謝を為さしむ。諸蕃の質子、其の出入を縱にす。一人の逃ぐる者無し。蕃酋来り見れば、之を卧内に召し、人を屏け衞を徹して與に語る。疑わず。邉に居ること二歳、士勇に邉實ち、恩信大いに洽し。乃ち䇿を決して横山を取り靈武を復せんことを謀る。而して元昊、數々使いを遣わして臣と稱し和を請う。上も亦た公を召して歸らしむ。