宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
時益雖收復諸郡餘冦尚充斥繼恩恃功驕恣不復出兵日以娱燕為事軍不戢往往剽奪民財公于是悉擒招安司吏至庭面數其過將盡斬之吏皆股栗求活公曰汝帥聚兵玩冦不肯出皆汝輩為之今能亟白乃帥分其兵尚可免死吏曰唯公所命兵不分願就戮公釋之繼恩即日分兵鄰州不數日減城中兵半
新字:時益雖収復諸郡余寇尚充斥継恩恃功驕恣不復出兵日以娱燕為事軍不戢往往剽奪民財公于是悉擒招安司吏至庭面数其過将尽斬之吏皆股栗求活公曰汝帥聚兵玩寇不肯出皆汝輩為之今能亟白乃帥分其兵尚可免死吏曰唯公所命兵不分願就戮公釈之継恩即日分兵鄰州不数日減城中兵半
書き下し
時に益、諸郡を收復すと雖も、餘冦尚お充斥す。繼恩、功を恃みて驕恣し、復た兵を出ださず。日々に娱燕を以て事と為す。軍戢まらず、往往にして民財を剽奪す。公是に於て悉く招安司の吏を擒えて庭に至らしめ、面のあたり其の過ちを數え、將に盡く之を斬らんとす。吏皆な股栗して活を求む。公曰く、汝が帥、兵を聚めて冦を玩び、出だすを肯んぜざるは、皆な汝輩之を為すなり。今、能く亟かに乃の帥に白して其の兵を分かたば、尚お死を免る可しと。吏曰く、唯だ公の命ずる所のままに。兵分かたずんば、戮に就くを願うと。公之を釋つ。繼恩即日、兵を鄰州に分かつ。數日ならずして城中の兵半ばを減ず。
現代語訳
当時、益州は諸郡を取り返したとはいえ、残った賊がなお満ちていた。王継恩は功を頼みに驕り高ぶり、もう兵を出そうとしなかった。毎日、遊興を事としていた。軍は締まらず、しばしば民の財を奪った。公はそこで招安司の役人をことごとく捕らえて庭に引き出し、面と向かってその過ちを数え上げ、全員を斬ろうとした。役人たちはみな足を震わせて命乞いをした。公は言った。「おまえたちの帥が兵を集めて賊をもてあそび、出そうとしないのは、みなおまえたちがそうさせているのだ。いますぐおまえたちの帥に申し上げてその兵を分けさせれば、まだ死を免れられる」。役人たちは言った。「ただ公のお命じのままに。兵を分けられなければ、処刑を受けます」。公は釈放した。王継恩はその日のうちに兵を近隣の州へ分けた。数日たたないうちに、城中の兵は半分に減った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠既にして諸軍、馬に食わすの芻粟を請う。公、命じて錢を以て之に給す。繼恩詬りて曰く、馬は錢を食わず。錢を給するは何ぞやと。公召して謂いて曰く、今、賊の餘黨、所在に尚お多し。民、敢えて出でず。招安使、兵を城中に頓めて即ち討たず。芻粟は民の輸する所なり。今、城外は皆な冦なり。何に由りて之を得んと。繼恩懼れ、即ち城を出でて賊を討つ。公、軍食を計るに二歳の備え有り。乃ち奏して陜西の運粮を罷む。上喜びて曰く、向に益州は日々に運粮を以て請と為す。詠至りて方に月を踰え、已に二歳の備え有り。此の人、何事か了する能わざらん。朕、慮り無しと。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠公、順の黨は始め皆な良民にして、一旦賊の脅す所と為りて從うを以て、當に示すに恩信を以てし、其の自新を許すべしとす。即ち榜を掲げて之を諭す。已にして首する者相い踵ぐ。公皆な其の罪を釋き、田里に歸らしむ。一日、繼恩、賊數十人を械して公に法を行わんことを請う。公之を詢すに、悉く皆な前に自首せし所の者なり。復た之を縱つ。繼恩恚りて公に問う。公曰く、前日、李順は民を脅して賊と為す。今日、僕は賊を化して民と為す。亦た可ならずやと。公、繼恩の日々に横なるを度り、狀を以て聞す。上、上官正に命じて招安使と為す。順の餘黨、公、内に撫安し、正、外に擒討す。再び月を閲して兩川平らぐ。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠公の性は剛毅なり。一吏を責決するに因り、彼れ枝辭して伏せず。公曰く、這の的、劒を喫するを要せざるかと。彼れ云う、決は喫するを得ざるも、劍は則ち得んと。公牽き出して之を斬り、以て軍吏に狥う。愕眙して相い顧み、是れより俱に公の威信に服す。令出づれば必ず行わる。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠淳化四年冬、東西兩川旱す。民饑う。吏、救䘏を失す。冦大いに起こる。五年正月、賊首李順、成都府を陷る。詔して王繼恩を招安使に充て、兵を率いて之を討たしむ。復た公に命じて成都府の事を知らしむ。五月、繼恩賊を破りて成都を收む。上、公を留めて秋に至りて始めて遣り行かしむ。時に關中、民に率いて粮を負いて以て川師に餉らしむ。道路絶えず。公府に至り、城中の屯する所の兵を問う。尚お三萬人にして半月の食無し。公、鹽價の素より髙くして廩に餘積有るを訪ね知る。乃ち其の估を下げ、民の米を以て鹽に易うるを得るを聴す。民爭いて之に趨る。未だ月を踰えずして米數十萬斛を得たり。軍中喜びて呼びて曰く、此の翁は真に善く國事を幹くる者なりと。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠初め益州を知る。一猾吏を斬る。前後の郡守の倚任する所の者なり。吏、罪無しと稱す。公、判を封じて市曹に至らしめ、之を讀み示す。既に斷辭を聞き、市人に告げて曰く、爾輩、好き知府を得たりと。葢し李順嘗て死罪有り。此の吏之を縱てばなり。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠公、銀臺に在りし時、張永徳、并代の帥為り。小校の法を犯すもの有り。之を杖ちて死す。詔有りて罪を按ぜしむ。公、詔書を封還して曰く、永徳、方に邉寄を被る。若し一小校を責めて遂に之を摧辱せば、臣恐る、帥の體輕くして小人上を慢らんことをと。納れられず。既にして果たして營卒の其の大校を脅刺する者有り。上始めて公の言を寤る。