宋名臣言行録 / 前集巻三・向敏中
太宗飛白書張詠及公名付中書曰二人者名臣為朕記之公出知永興軍㑹邦人大儺有告禁卒欲倚儺為亂者宻使麾兵被甲衣袍伏廡下幕中明日盡召賔僚兵官置酒縱閲無一人預知者命儺入先令馳騁于中門外後召至階公振袂一揮伏卒齊出盡擒之果各懐短刃即席誅之□訖屏戸亟命灰沙掃庭張樂宴飲賔從股慄
新字:太宗飛白書張詠及公名付中書曰二人者名臣為朕記之公出知永興軍会邦人大儺有告禁卒欲倚儺為乱者宻使麾兵被甲衣袍伏廡下幕中明日尽召賔僚兵官置酒縦閲無一人預知者命儺入先令馳騁于中門外後召至階公振袂一揮伏卒斉出尽擒之果各懐短刃即席誅之□訖屏戸亟命灰沙掃庭張楽宴飲賔従股慄
書き下し
太宗、飛白もて張詠及び公の名を書し、中書に付して曰く、二人の者は名臣なり。朕が為に之を記せと。公出でて永興軍を知る。㑹々邦人大いに儺す。禁卒の儺に倚りて亂を為さんと欲する者有りと告ぐる者有り。宻かに兵をして甲を被り袍を衣て廡下の幕中に伏せしむ。明日、盡く賔僚・兵官を召し、酒を置きて縱に閲す。一人として預め知る者無し。儺を命じて入らしめ、先ず中門の外に馳騁せしむ。後に召して階に至らしむ。公袂を振りて一揮す。伏卒齊しく出でて盡く之を擒う。果たして各々短刃を懐にす。席に即きて之を誅す。□訖りて戸を屏け、亟かに灰沙をして庭を掃わしむ。樂を張りて宴飲す。賔從股慄す。
現代語訳
太宗が飛白体で張詠と公の名を書き、中書省に渡して言った。「この二人は名臣である。私のために書き留めておけ」。公は地方に出て永興軍の長官となった。ちょうど土地の人々が大がかりな追儺の行事を行った。禁軍の兵に、追儺にかこつけて乱を起こそうとしている者があると告げる者があった。公はひそかに兵に鎧を着せ上着をかぶせて、廊下の幕の中に伏せさせた。翌日、客分の僚属や武官をすべて招き、酒を出して自由に見物させた。一人として事前に知る者はなかった。追儺の一行を入らせ、まず中門の外で走り回らせた。その後で階のところへ呼び寄せた。公は袖を振って一度合図した。伏せていた兵がいっせいに出て、全員を捕らえた。はたしてそれぞれ短刀を懐にしていた。その場で誅した。□が終わると戸を閉め、すぐに灰と砂で庭を掃かせた。楽を奏でて宴を続けた。客も従者もふるえ上がった。
解説
この章句が説くこと
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