宋名臣言行録 / 前集巻二・王旦
太尉不置田宅曰子孫各當念自立何必田宅置之徒使爭財為不義耳
新字:太尉不置田宅曰子孫各当念自立何必田宅置之徒使争財為不義耳
書き下し
太尉、田宅を置かず。曰く、子孫各々當に自立を念うべし。何ぞ必ずしも田宅ならん。之を置くは徒らに財を爭いて不義を為さしむるのみと。
現代語訳
太尉は田や屋敷を買わなかった。こう言った。「子孫はそれぞれ自立することを考えるべきだ。どうして田や屋敷が必要だろう。それを残せば、いたずらに財を争わせて不義を働かせるだけだ」。
解説
二十八字で、財産を残さない理由を言い切った条です。**残せば、いたずらに財を争わせて不義を働かせるだけだ。**子孫のためにならないから残さない、という理屈です。李沆が「一年かけて家を建てるほど人生は長くない」と言い、王旦の父が三本の槐を植え、王旦自身は田宅を買わない。同じ巻の中で、家に何を残すかの答えが何通りも並んでいます。
この章句が説くこと
子孫各々当に自立を念うべし之を置くは徒らに財を争いて不義を為さしむるのみ太尉田宅を置かず相続自立財産
関連する章句
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