宋名臣言行録 / 前集巻二・王旦
公母弟傲不可訓一日遇冬至祠家廟列百壺于堂前弟皆擊破之家人惶駭公忽自外入見酒流滿地不可行俱無一言但攝衣步入其後弟忽感悟復為善終亦不言
新字:公母弟傲不可訓一日遇冬至祠家廟列百壺于堂前弟皆撃破之家人惶駭公忽自外入見酒流満地不可行倶無一言但摂衣歩入其後弟忽感悟復為善終亦不言
書き下し
公の母弟、傲にして訓う可からず。一日、冬至に遇う。家廟を祠り、百壺を堂前に列ぬ。弟皆な之を擊ち破る。家人惶駭す。公忽ち外より入り、酒の流れて地に滿ち行く可からざるを見る。俱に一言も無く、但だ衣を攝りて步み入る。其の後、弟忽ち感悟して復た善を為す。終に亦た言わず。
現代語訳
公の同母の弟は、傲慢で教え諭すことができなかった。ある日、冬至に当たった。家の廟を祀り、百の酒壺を堂の前に並べた。弟はそれをみな打ち割った。家の者はおののき驚いた。公はちょうど外から入ってきて、酒が流れて地に満ち、歩けないほどなのを見た。それでも一言も言わず、ただ衣の裾をつまんで歩いて入っていった。その後、弟は突然に悟るところがあって、また善き人になった。公は最後まで何も言わなかった。
解説
弟が祭りの酒壺を全部割った、その現場に居合わせた条です。公は一言も言わず、衣の裾をつまんで歩いて入っていきました。叱っていません。片づけさせてもいません。後に弟は自分で気づいて改まりますが、それについても公は最後まで何も言わなかった、と結ばれています。改まったことを口にすれば、そこで貸し借りが生まれる。二度の沈黙が、この条の中身です。
この章句が説くこと
倶に一言も無く但だ衣を摂りて歩み入る弟忽ち感悟して復た善を為す終に亦た言わず家人惶駭す沈黙寛容家族
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