宋名臣言行録 / 前集巻二・王旦
有貨玉帶者公弟以呈公公曰如何弟曰甚佳公命繫之曰還見佳否弟曰繫之安得自見公曰自負重而使觀者稱好無乃勞乎我腰間不稱此物亟還之平生所服止于賜帶
新字:有貨玉帯者公弟以呈公公曰如何弟曰甚佳公命繋之曰還見佳否弟曰繋之安得自見公曰自負重而使観者称好無乃労乎我腰間不称此物亟還之平生所服止于賜帯
書き下し
玉帯を貨る者有り。公の弟、以て公に呈す。公曰く、如何と。弟曰く、甚だ佳しと。公命じて之を繫がしめて曰く、還た佳なるを見るや否やと。弟曰く、之を繫げば、安んぞ自ら見るを得んと。公曰く、自ら重きを負いて觀る者をして好しと稱せしむ。乃ち勞するに無からんやと。亟かに之を還す。平生服する所は賜帶に止まる。
現代語訳
玉の帯を売りに来た者があった。公の弟がそれを公に見せた。公は「どうだ」と言った。弟は「たいそう見事です」と言った。公は命じてそれを腰に締めさせ、「まだ見事に見えるか」と言った。弟は「締めてしまえば、自分では見えません」と言った。公は言った。「自分は重い物を身に負って、見る者に良いと言わせる。それでは骨折り損ではないか」。すぐに返させた。生涯身に着けたのは、下賜された帯だけであった。
解説
見事な玉帯を、弟に締めさせてから断った条です。**締めてしまえば、自分では見えない。**そこを相手に言わせてから結論に入ります。自分は重い物を身に負い、見る者に良いと言わせる、それでは骨折り損ではないか、と。贅沢を戒めたのではなく、費用と効用の向きを指摘しています。呂蒙正が「私の顔は小皿ほどだ」と鏡を断った条と、同じ型の断り方です。
この章句が説くこと
之を繋げば安んぞ自ら見るを得ん自ら重きを負いて観る者をして好しと称せしむ乃ち労するに無からんや平生服する所は賜帯に止まる贅沢見栄効用
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻二・王旦公、賜予有る毎に、家人の庭下に置くを見て、目を瞑じて嘆じて曰く、生民の膏血、安んぞ許多を用いんと。
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