宋名臣言行録 / 前集巻二・王旦
公每有賜予見家人置于庭下瞑目而嘆曰生民膏血安用許多
新字:公毎有賜予見家人置于庭下瞑目而嘆曰生民膏血安用許多
書き下し
公、賜予有る毎に、家人の庭下に置くを見て、目を瞑じて嘆じて曰く、生民の膏血、安んぞ許多を用いんと。
現代語訳
公は下賜があるたび、家の者がそれを庭に並べているのを見ると、目を閉じて嘆じた。「民の脂と血だ。どうしてこれほど多くを使う必要があろう」。
解説
二十五字の条です。下賜された品が庭に並べられているのを見て、目を閉じて言いました。**民の脂と血だ、どうしてこれほど多くを使う必要があろう。**受け取ることを拒んではいません。ただ、それが何でできているかを毎回言葉にしている。喜ぶ場面で必ず同じことを言う、という形の記録です。この後に続く倹約の条は、全部この一行から出ています。
この章句が説くこと
生民の膏血安んぞ許多を用いん賜予有る毎に家人の庭下に置くを見る目を瞑じて嘆ず下賜由来倹約
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