宋名臣言行録 / 前集巻二・王旦
契丹奏請嵗給外别假錢幣上以示公公曰東封甚近車駕將出以此探朝廷之意耳上曰何以答之公曰止當以㣲物而輕之也乃于嵗給三十萬物内各借三萬仍諭次年額内除之契丹得之大慙次年復下有司契丹所借金帛六萬事屬㣲末仰依常數與之今後永不為例
新字:契丹奏請歳給外別仮銭幣上以示公公曰東封甚近車駕将出以此探朝廷之意耳上曰何以答之公曰止当以㣲物而軽之也乃于歳給三十万物内各借三万仍諭次年額内除之契丹得之大慙次年復下有司契丹所借金帛六万事属㣲末仰依常数与之今後永不為例
書き下し
契丹奏請す、歳給の外、别に錢幣を假らんことを。上以て公に示す。公曰く、東封甚だ近し。車駕將に出でんとす。此を以て朝廷の意を探るのみと。上曰く、何を以て之に答えんと。公曰く、止だ當に㣲物を以て之を輕んずべきなりと。乃ち歳給三十萬物の内に于いて各々三萬を借し、仍りて次年の額内に除くを諭す。契丹之を得て大いに慙ず。次年、復た有司に下す、契丹の借る所の金帛六萬、事は㣲末に屬す、仰いで常數に依りて之を與えよ、今後永く例と為さずと。
現代語訳
契丹が、毎年の給付のほかに別に銭を貸してほしいと願い出た。帝はそれを公に示した。公は言った。「東の封禅がたいそう近づいています。御車がまさに出ようとしている。これによって朝廷の腹を探っているだけです」。帝は「どう答えるか」と言った。公は言った。「ただ、わずかな物をもって軽く扱うべきです」。そこで毎年の給付三十万のうちからそれぞれ三万を貸し、翌年の額から差し引くと通告した。契丹はそれを受け取ってひどく恥じた。翌年、また担当の役所に下した。「契丹が借りた金と絹の六万は、事として取るに足りない。常の額どおりに与えよ。今後は永く先例としない」。
解説
相手の狙いを見抜いてから答え方を決めた条です。**封禅が近い、こちらの腹を探っているだけだ。**要求の中身ではなく、その時期から意図を読んでいます。答えは「わずかな物をもって軽く扱う」。貸すには貸すが、翌年差し引くと通告し、契丹は恥じ入りました。しかも翌年、その六万を取るに足りないとして返させず、ただし先例にはしないと明記しています。断らず、与えきらず、残さない、という三段の処理です。
この章句が説くこと
東封甚だ近し此を以て朝廷の意を探るのみ止だ当に㣲物を以て之を軽んずべきなり事は㣲末に属す今後永く例と為さず交渉意図前例
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