宋名臣言行録 / 前集巻二・王旦
陳彭年任翰林學士日求對歸詣政府公延見之陳起呈其狀曰科塲條貫公投之于地曰内翰做官幾日待隔截天下進士陳惶懼而退時向文簡同在中書一日陳再来公不見曰令到集賢㕔相見既而向出陳所留文字公瞑目取紙封之向曰何不一覽公曰不過興建符瑞圖進耳
新字:陳彭年任翰林学士日求対帰詣政府公延見之陳起呈其状曰科塲条貫公投之于地曰内翰做官幾日待隔截天下進士陳惶懼而退時向文簡同在中書一日陳再来公不見曰令到集賢㕔相見既而向出陳所留文字公瞑目取紙封之向曰何不一覧公曰不過興建符瑞図進耳
書き下し
陳彭年、翰林學士に任ずるの日、對を求めて歸り、政府に詣る。公之を延見す。陳起ちて其の狀を呈して曰く、科塲の條貫なりと。公之を地に投じて曰く、内翰、官を做すこと幾日ぞ。天下の進士を隔截せんと待つかと。陳惶懼して退く。時に向文簡同に中書に在り。一日、陳再び来る。公見えずして曰く、集賢㕔に到りて相見えしめよと。既にして向、陳の留むる所の文字を出だす。公、目を瞑じて紙を取りて之を封ず。向曰く、何ぞ一覽せざると。公曰く、興建符瑞の圖進に過ぎざるのみと。
現代語訳
陳彭年が翰林学士に任じられた日、拝謁を求めて帰り、政事堂に来た。公は招き入れた。陳彭年は立ってその書面を差し出して言った。「科挙の場の条規です」。公はそれを地に投げつけて言った。「内翰どの、官に就いて何日になる。天下の進士を締め出そうというのか」。陳彭年は恐れおののいて退出した。当時、向敏中も同じく中書省にいた。ある日、陳彭年がまた来た。公は会わずに「集賢庁で会うようにさせよ」と言った。ほどなく向敏中が、陳彭年が置いていった文書を出した。公は目を閉じたまま紙を取ってそれを封じた。向敏中は「なぜ一度ご覧にならないのか」と言った。公は言った。「めでたい兆しを打ち立てる図を差し上げようというだけのことだ」。
解説
新任の学士が持ってきた提案を、その場で床に投げた条です。**官に就いて何日になる、天下の進士を締め出そうというのか。**科挙の条規を厳しくする案でした。二度目に置いていった文書は、開きもせずに封じています。理由を問われて一行。めでたい兆しを打ち立てる図を差し上げようというだけだ、と。中身を見ずに用件が読める、というところまで含めて、建議をどう扱うかの記録です。
この章句が説くこと
内翰官を做すこと幾日ぞ天下の進士を隔截せんと待つか公目を瞑じて紙を取りて之を封ず興建符瑞の図進に過ぎざるのみ建議拒否見抜き
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