宋名臣言行録 / 前集巻二・王旦
王太尉薦莱公為相萊公數短太尉于上前而太尉専稱其長上一日謂太尉曰卿雖稱其美彼専談卿惡太尉曰理固當然臣在相位乆政事闕失必多凖對陛下無所隠益見其忠直此臣所以重凖也上由是益賢太尉初萊公在藩鎮嘗因生日造山棚大宴又服用僣侈為人所奏上怒甚謂太尉曰冦凖每事欲效朕可乎太尉徐對曰凖誠賢能無如騃何上意遽解曰然此正是騃耳遂不問
新字:王太尉薦莱公為相萊公数短太尉于上前而太尉専称其長上一日謂太尉曰卿雖称其美彼専談卿悪太尉曰理固当然臣在相位乆政事闕失必多凖対陛下無所隠益見其忠直此臣所以重凖也上由是益賢太尉初萊公在藩鎮嘗因生日造山棚大宴又服用僣侈為人所奏上怒甚謂太尉曰寇凖毎事欲効朕可乎太尉徐対曰凖誠賢能無如騃何上意遽解曰然此正是騃耳遂不問
書き下し
王太尉、莱公を薦めて相と為す。萊公數々太尉を上前に短ず。而して太尉專ら其の長を稱す。上一日太尉に謂いて曰く、卿は其の美を稱すと雖も、彼は專ら卿の惡を談ずと。太尉曰く、理固より當に然るべし。臣、相位に在ること乆し。政事の闕失必ず多からん。凖、陛下に對して隠す所無し。益々其の忠直を見る。此れ臣の凖を重んずる所以なりと。上是に由りて益々太尉を賢とす。初め萊公藩鎮に在り。嘗て生日に因りて山棚を造り大いに宴す。又た服用僣侈なり。人の奏する所と為る。上怒ること甚だし。太尉に謂いて曰く、冦凖は每事朕に效わんと欲す。可ならんやと。太尉徐ろに對えて曰く、凖は誠に賢能なり。騃なるを如何ともする無しと。上の意遽かに解けて曰く、然り。此れ正に是れ騃なるのみと。遂に問わず。
現代語訳
王旦は寇準を推薦して宰相にした。寇準はたびたび王旦の欠点を帝の前で言った。それでも王旦はもっぱらその長所を称えた。帝はある日、王旦に言った。「卿は彼の美点を称えるが、彼はもっぱら卿の悪口を言っている」。王旦は言った。「道理としてもとよりそうあるべきです。臣は宰相の位に長くおります。政事の欠けや誤りはきっと多いでしょう。寇準は陛下に対して隠すところがありません。いよいよその忠実さと率直さが分かります。これこそ臣が寇準を重んじる理由です」。帝はこれによっていよいよ王旦を賢いとした。はじめ寇準が地方の鎮にいたころ、誕生日に山形の棚を作って盛大に宴を開いた。そのうえ衣服や器物が身分を越えて贅沢であった。ある者に奏上された。帝はひどく怒った。王旦に言った。「寇準は何事につけ私の真似をしたがる。よいことか」。王旦はゆっくりと答えた。「寇準はまことに賢く有能です。ただ、うつけであることはどうにもなりません」。帝の怒りはたちまち解けた。「そうだ、これはまさにうつけというだけのことだ」。そしてそれきり問わなかった。
解説
この章句が説くこと
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