宋名臣言行録 / 前集巻二・王旦
張士遜出為江西轉運使辭公且求教公從容曰朝廷□利至矣張起謝後迭更是職思公言未嘗求錐刀之利識者曰此運使最識大體
新字:張士遜出為江西転運使辞公且求教公従容曰朝廷□利至矣張起謝後迭更是職思公言未嘗求錐刀之利識者曰此運使最識大体
書き下し
張士遜、出でて江西轉運使と為る。公に辭し、且つ教えを求む。公從容として曰く、朝廷の□利至れりと。張起ちて謝す。後、迭々に是の職を更むるも、公の言を思いて未だ嘗て錐刀の利を求めず。識者曰く、此の運使は最も大體を識ると。
現代語訳
張士遜が地方に出て江西転運使となった。公に暇乞いをし、そのうえで教えを乞うた。公は落ち着いて言った。「朝廷の□利は、もう行き着いている」。張士遜は立って礼を述べた。後にたびたびこの職を歴任したが、公の言葉を思って、錐や刀の先ほどのわずかな利も求めなかった。見識ある者は言った。「この転運使こそ最も大筋を心得ている」。
解説
前の条と同じく、赴任者に一行だけ渡した条です。**朝廷の利は、もう行き着いている。**取れるだけ取ってある、という意味になります。転運使は財を集めて都へ送る役ですから、これも「もう絞るな」と言っているわけです。張士遜はその後この職を何度も務めながら、わずかな利も求めませんでした。原文の□は四庫全書本の欠字で、証人の宋刊本にもこの条が無いため埋められませんでした。
この章句が説くこと
朝廷の利至れり未だ嘗て錐刀の利を求めず此の運使は最も大体を識る赴任抑制財政
関連する章句
-
『宋名臣言行録』前集巻二・王旦張士遜、皇太子の書を學ぶこと甚だ好しと言う。公曰く、皇太子は應舉の選を待たず、必ずしも書を學ばずと。是に由りて文懿、日々に善道を以て皇太子を規贊す。
-
『宋名臣言行録』前集巻六・陳堯佐河東轉運使と為る。地寒くして民貧しきを以て、奏して石炭の税を除き、官冶の鐵課を減ずること歳に數十萬。以て民を便とす。曰く、轉運は利を征する官なり。利に本末有り。下に餘れば則ち上足る。吾れ豈に俗吏と為らんやと。
-
『宋名臣言行録』前集巻九・王質湖北轉運使に遷る。兵を西方に用い、財用に急なるの時に當たり、獨り羡餘を進めず。其の賦歛は寛平に近く、治むるに常法を以てす。故に他路は其の弊に勝えず、而して荆湖の人は自若たり。
-
『宋名臣言行録』前集巻二・王旦薛簡肅公、天禧の初め、江淮發運司と為る。公に辭す。公但だ云う、東南の民力竭きたりと。薛退きて人に謂いて曰く、真の宰相の言なりと。
-
『宋名臣言行録』前集巻二・王旦諌議大夫張師徳、向文簡に謁して曰く、師徳兩たび王相公の門に詣るも、皆な見ゆるを得ず。恐らくは人の輕毁を為さん。望むらくは公從容として之を明らかにせよと。一日、方に知制誥を議す。公曰く、惜しむ可し張師徳と。向公曰く、何の謂ぞと。公曰く、累に上前に説く、張師徳は名家の子にして士行有りと。意わざりき、兩たび吾が門に及ばんとは。狀元に及第す。榮進素より定まる。但だ當に靜かにして以て之を待つべきのみ。若し復た奔競せば、階無くして進む者をして當に如何せしめんやと。向公方に師徳の意を以て之を啟く。公曰く、旦が處、安んぞ人の敢えて人を輕毁する有るを得ん。但だ師徳は後進にして我を待つこと淺きのみと。向公固く師徳を稱し、適々闕有り、公の遺すこと弗きを望む。公曰く、苐だ之を緩くし、師徳をして知らしめ、聊か以て貪進を戒め薄俗を激せしめよと。
-
『宋名臣言行録』前集巻八・王堯臣初め宦者張永和、方に事を用う。民の房錢十の三を收めて以て國事を佐けんことを請う。三司に下す。永和、隂かに人を遣わして利を以て公を動かす。公執って不可とす。度支副使林濰、永和に附きて議して已まず。公、奏して濰を罷めしめて乃ち止む。益・利・夔三路の轉運使、皆な民の鹽井の課を増さんことを請う。歳に錢十餘萬を爲す可し。公も亦た以て不可と爲す。而して權倖、縁に因りて多く裁抑せらる。京師、數々飛語を爲して上の左右に及ぶ。徃徃にして其の短を䜛る者あり。上、一切問わず。而して公の之を爲すも亦た自若たり。公の既に罷むに及び、上、之を慰勞す。公頓首して謝して曰く、臣の能に非ず。惟だ陛下、臣を信用したまえばのみと。