宋名臣言行録 / 前集巻二・王旦
薛簡肅公天禧初為江淮發運司辭公公但云東南民力竭矣薛退謂人曰真宰相之言也
新字:薛簡粛公天禧初為江淮発運司辞公公但云東南民力竭矣薛退謂人曰真宰相之言也
書き下し
薛簡肅公、天禧の初め、江淮發運司と為る。公に辭す。公但だ云う、東南の民力竭きたりと。薛退きて人に謂いて曰く、真の宰相の言なりと。
現代語訳
薛奎(簡粛公)が天禧のはじめ、江淮の発運司となった。公に暇乞いをした。公はただ「東南の民の力は尽きている」と言った。薛奎は退いてから人に言った。「まことの宰相の言葉だ」。
解説
赴任の挨拶に来た者へ、一言だけ渡した条です。**東南の民の力は尽きている。**指示でも訓示でもありません。事実を一つ置いただけです。江淮の発運司は物資を都へ送る役ですから、この一行は「もう絞れない」と告げているのと同じでした。薛奎は退いて「まことの宰相の言葉だ」と言っています。長い訓示より、前提を一つ揃えるほうが効くという例です。
この章句が説くこと
東南の民力竭きたり真の宰相の言なり薛簡粛公江淮発運司と為り公に辞す赴任前提簡潔
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