宋名臣言行録 / 前集巻二・王旦
張士遜言皇太子學書甚好公曰皇太子不待應舉選不必學書由是文懿日以善道規贊皇太子
新字:張士遜言皇太子学書甚好公曰皇太子不待応舉選不必学書由是文懿日以善道規賛皇太子
書き下し
張士遜、皇太子の書を學ぶこと甚だ好しと言う。公曰く、皇太子は應舉の選を待たず、必ずしも書を學ばずと。是に由りて文懿、日々に善道を以て皇太子を規贊す。
現代語訳
張士遜が、皇太子の書の学びがたいへんよいと言った。公は言った。「皇太子は科挙の選に応じるわけではない。必ずしも書を学ぶには及ばない」。これによって文懿(張士遜)は、日ごと善き道をもって皇太子を諭し助けるようになった。
解説
前の条と同じ型ですが、答え方が具体的になっています。**皇太子は科挙を受けるわけではない、だから必ずしも書を学ぶには及ばない。**評価される場に出ない人に、評価のための技を仕込んでも意味がない、ということです。張士遜はこれを聞いて、以後は善き道を諭すようになりました。一言で相手の仕事の中身が変わっています。王旦の言い方は毎回この短さです。
この章句が説くこと
皇太子は応舉の選を待たず必ずしも書を学ばず日々に善道を以て皇太子を規賛す張士遜皇太子の書を学ぶこと甚だ好しと言う教育目的本質
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