宋名臣言行録 / 前集巻二・王旦
宦者劉承規以忠謹得幸病且死求為節度使真宗以語公曰承規待此以瞑目公執以為不可曰他日將有求為樞宻使者奈何至今内臣官不過留後
新字:宦者劉承規以忠謹得幸病且死求為節度使真宗以語公曰承規待此以瞑目公執以為不可曰他日将有求為枢宻使者奈何至今内臣官不過留後
書き下し
宦者劉承規、忠謹を以て幸を得たり。病みて且に死せんとし、節度使と為らんことを求む。真宗、以て公に語りて曰く、承規は此を待ちて以て目を瞑らんとすと。公執りて以て不可と為して曰く、他日將に樞宻使と為らんことを求むる者有らんとす。奈何せんと。今に至るまで内臣の官、留後に過ぎず。
現代語訳
宦官の劉承規は、忠実で慎み深いことで寵愛を得ていた。病んで死のうとするとき、節度使にしてほしいと求めた。真宗はそれを公に語った。「承規はこれを待って目を閉じようとしている」。公は主張を曲げず不可として言った。「後日、枢密使にしてほしいと求める者が出るでしょう。どうなさいますか」。今に至るまで、宦官の官は留後より上に至っていない。
解説
死にゆく者の最後の願いを、断った条です。理由は本人のことではありません。**後日、枢密使にしてほしいと求める者が出るでしょう、どうなさいますか。**一度認めれば次の線がそこになる、という一点だけを言っています。同情の余地がいちばん大きい場面で例外を作らなかったことが、その後ずっと効きました。宦官の官は留後より上に至らなかった、と締めてあります。
この章句が説くこと
他日将に枢宻使と為らんことを求むる者有らんとす奈何せん承規は此を待ちて以て目を瞑らんとす今に至るまで内臣の官留後に過ぎず例外前例線引き
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