宋名臣言行録 / 前集巻二・王旦
趙徳明言民饑求糧百萬斛大臣皆曰徳明新納誓而敢違請以詔書責之真宗以問公公請敕有司具粟百萬于京師詔徳明来取上大喜徳明得詔慙且拜曰朝廷有人
新字:趙徳明言民饑求糧百万斛大臣皆曰徳明新納誓而敢違請以詔書責之真宗以問公公請勅有司具粟百万于京師詔徳明来取上大喜徳明得詔慙且拝曰朝廷有人
書き下し
趙徳明、民饑うと言いて糧百萬斛を求む。大臣皆な曰く、徳明新たに誓いを納れて敢えて違う。請う、詔書を以て之を責めんと。真宗以て公に問う。公、有司に敕して粟百萬を京師に具え、詔して徳明に来り取らしめんことを請う。上大いに喜ぶ。徳明詔を得て慙じ、且つ拜して曰く、朝廷に人有りと。
現代語訳
趙徳明が、民が飢えていると言って糧百万斛を求めた。大臣たちはみな言った。「徳明は新たに誓約を納めたばかりなのに、あえてそれに背いている。詔書によって責めるべきです」。真宗はそれを公に尋ねた。公は、担当の役所に命じて粟百万を都に用意させ、詔を下して徳明に自分で取りに来させるよう願い出た。帝は大いに喜んだ。徳明は詔を受け取って恥じ入り、拝礼して言った。「朝廷には人がいる」。
解説
無理な要求に、責めるのではなく応じて返した条です。大臣たちは詔書で叱れと言いました。王旦の案は逆でした。**粟百万を都に用意して、詔を下して自分で取りに来させる。**要求どおりに用意しますが、受け取りに来させることで、こちらが応じられる側だと分からせています。趙徳明は恥じ入って「朝廷には人がいる」と言いました。断らずに、要求の値打ちを消した処理です。
この章句が説くこと
有司に勅して粟百万を京師に具え詔して徳明に来り取らしめんことを請う徳明詔を得て慙じ且つ拝して曰く朝廷に人有りと大臣皆な請う詔書を以て之を責めんと要求応対体面
関連する章句
-
説苑・奉使齊魯を攻む。子貢哀公に見え、吳に救いを求めんことを請う。公曰く、「奚ぞ先君の寶を用いんや。」子貢曰く、「吳をして寶を責めて我に師を與えしむれば、是れ恃むべからざるなり。」是に於て楊幹麻筋の弓六を以て往く。子貢吳王に謂いて曰く、「齊無道を爲し、周公の後をして血食せざらしめんと欲す。且つ魯の賦五百、邾の賦三百なり。識らず此を以て齊を益せば、吳の利ならんか、非ならんか。」吳王懼れ、乃ち師を興して魯を救う。諸侯曰く、「齊周公の後を伐つに、吳之を救う。」遂に吳に朝す。
-
説苑・奉使蔡師強・王堅をして楚に使いせしむ。楚王之を聞きて曰く、「人の名章章たる者多し、獨り師強王堅と爲すか。」趣かに之に見えんとし、次を以てせず、其の人の狀を視るに、其の名を疑いて其の聲を醜しとし、又た其の形を惡む。楚王大いに怒りて曰く、「今蔡人無きか。國伐つべきなり。人有りて遣わさざるか。國伐つべきなり。端に此を以て寡人を誡むるか。國伐つべきなり。」故に二使を發するに、三たび伐たんと謀る者を見る、蔡なり。
-
孫子・謀攻篇故に上兵は謀を伐つ。その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。
-
孔子家語・辯物呉王夫差、将に哀公と与に晋侯に見えんとす。子服景伯、使者に対えて曰わく、「王諸侯を合すれば、則ち伯侯牧を率いて以て王に見う。伯諸侯を合すれば、則ち侯子男を率いて以て伯に見う。今諸侯会するに、君と寡君と晋君に見えば、則ち晋成りて伯と為らん。且つ執事伯を以て諸侯を召し、而して侯を以て之れを終うれば、何の利か之れ有らん。」呉人乃ち止む。既にして之れを悔い、遂に景伯を囚う。伯、大宰嚭に謂いて曰わく、「魯将に十月上辛を以て、上帝に事有らんとす、先王季辛にして畢わる。何ぞや、世に職有り、襄より已来之れを改む。若し其れ会せずんば、則ち祝宗将に曰わん、呉実に然りと。」嚭夫差に言い、之れを帰す。子貢之れを聞き、孔子に見えて曰わく、「子服氏の子、説くに拙し。実を以て囚を獲、詐を以て免るるを得たり。」孔子曰わく、「呉子は夷為り、徳は欺く可くして実を以てす可からず。是れ聴く者の蔽いにして、説く者の拙きに非ざるなり。」
-
戦国策・齊攻宋宋使臧子索救於荊斉、宋を攻む。宋、臧子をして救いを荊に索めしむ。荊王大いに説び、救うことを許すこと甚だ勧む。臧子憂えて反る。其の御曰く、「救いを索めて得たり、憂色有るは何ぞや」と。臧子曰く、「宋は小にして斉は大なり。夫れ小宋を救いて大斉に悪まるるは、此れ王の憂うる所なり。而るに荊王説ぶこと甚だし。必ず以て我を堅くせん。我堅くして斉弊るれば、荊の利なり」と。臧子乃ち帰る。斉王果たして攻め、宋の五城を抜くも、荊王至らず。
-
論語・憲問篇子曰く、命を為るに、裨諶之を草創し、世叔之を討論し、行人子羽之を脩飾し、東里の子産之を潤色す。